極甘社長にほだされても二度と秘書はやりたくない
その後、今後の方向性が決まったということで、社内は慌ただしく動き出した。
アルカトラズの製品発表会があるのは来週の木曜日ということであと1週間ほどしかない。開発部の宮川さんたちはほ徹夜で作業をするらしく、退勤するときも開発部のデスク回りだけは灯りがまだついていた。
「今日は急なことだったのにありがとう。坂井さんがいてくれて助かったな」
「いえ。私は全然……、開発部の人なら気付くようなことですし」
夕食後に藤沢さんがコーヒーを入れてくれた。二人でリビングのソファに座って一息つく。
素人にしては差し出がましかったんじゃないだろうかと今になっても思う。それよりも黙ってただ言われたことだけしていた方が良かったんじゃないだろうか。秘書の仕事ではないだろう。
「そんなことないよ。まだ入社して日も浅いのに、迷惑ばかりかけているね。今度改めてお礼をさせて欲しい」
その言葉に違和感を覚える。お礼をされるようなことなんて本当にしていない。
「一社員には過ぎたことですよ。会社に貢献できたのなら、それは良かったですけど」
そう一線を引いていないと、もう戻れないような気がしてにこりと営業的な微笑みを返した。来週の製品発表会は手伝いをしないといけないだろうけど、きっとそれで藤沢さんと直接仕事を一緒にするのは最後になる。それが終われば私は人事部に戻るし、来週にはこの家も出ていかなければならない。
だから、この気持ちの正体に気付いていたとしても、それを閉じ込めておかなきゃいけない。
そう思いながら目の前のコーヒーを飲む。こうして二人で過ごせるのもあと数日。
「坂井さんって、俺のことどう思ってるのか聞いてもいい?」
「ぶっ……げほっ、急にどうしたんですか!?」
行儀が悪いと思いつつも突然の問いかけに思わずむせてしまった。胸をトントンと叩いて落ち着かせると、隣に座っていた藤沢さんの真剣な眼差しが私を見ていた。
「うん? なんていうか、俺が好意を伝えてるのに、あんまり受け取ってくれないからどう思われてるのか気になって」
「そ、れは……そうだったんですか?」
今思い返してみるとそれっぽいことを言われたような気もする。けれどそれは藤沢さんなりの冗談なのだろうと思っていた。
「本当に気付いてなかったの? うまく躱されてるから相手にされてないのかと思ってたんだけど……まだ脈はあるってこと?」
「藤沢さんのこと相手にしないなんて……! そんな失礼なことする女性、いないですよ……多分」
ただ私が“社長”という人と近づきたくなかっただけの話で、藤沢さんは何も悪くない。私がいつまでも過去のことを引きずっているだけなのだ。
「じゃあ、どう思ってるのか教えてくれるかな?」
「えっと……とても良くしてくれて感謝してます。これからも藤沢さんの……会社のために頑張りたいと、思っています」
「模範的な回答だね。……何か、ひっかかっていることでもあるの?」
その言葉に見透かされたような気がして思わず視線をそらしてしまう。前の会社の社長のことはもうなんとも思っていない。でも、またあんな風になってしまったらもう立ち直れないかもしれないとおもうと、怖い。
「私は、アルカトラズの社員で、藤沢さんはそこの社長です。それ以下でも、それ以上でもありません」
質問をはぐらかすようにそう応えると急に姿勢がぐらつく。
「そういう言い方は悲しいな。それに俺が、ただの一社員にこれだけのことをすると思う?」
気がつくと藤沢さんに抱きしめられていた。頬に藤沢さんの髪の毛が触れて背筋がゾクゾクする。ふれ合った身体からどちらの音か分からない心臓音が頭の中に響いてくる。
「藤沢、さん……んっ……」
「ん……はぁ、少し、黙って」
顔を上げると唇を塞がれた。藤沢社長の薄い唇は少しだけ体温が低くて、かさついていた。
(ダメ、なのに……)
そう思うのに身体の力が抜けていく。自然と開いた唇から藤沢さんの舌が入り込んできて、私の舌を見つけては吸い付く。気持ち良くなってきて、頭の中の自制心とは反対に藤沢さんに身体を預けてしまう。
「君が拒まないなら……いや、文句ならいくらでもあとから聞くから、今は俺のものになって」
熱っぽい瞳で見つめられる。切なそうなその声色に私はもう何も抵抗する気などなかった。藤沢さんならきっと大丈夫。好きな人に求められたことが嬉しくて、また同じことがおこったとしても、もう後悔はしない。そう思いながら、藤沢さんの腕の中で甘いひとときを過ごすのだった。
アルカトラズの製品発表会があるのは来週の木曜日ということであと1週間ほどしかない。開発部の宮川さんたちはほ徹夜で作業をするらしく、退勤するときも開発部のデスク回りだけは灯りがまだついていた。
「今日は急なことだったのにありがとう。坂井さんがいてくれて助かったな」
「いえ。私は全然……、開発部の人なら気付くようなことですし」
夕食後に藤沢さんがコーヒーを入れてくれた。二人でリビングのソファに座って一息つく。
素人にしては差し出がましかったんじゃないだろうかと今になっても思う。それよりも黙ってただ言われたことだけしていた方が良かったんじゃないだろうか。秘書の仕事ではないだろう。
「そんなことないよ。まだ入社して日も浅いのに、迷惑ばかりかけているね。今度改めてお礼をさせて欲しい」
その言葉に違和感を覚える。お礼をされるようなことなんて本当にしていない。
「一社員には過ぎたことですよ。会社に貢献できたのなら、それは良かったですけど」
そう一線を引いていないと、もう戻れないような気がしてにこりと営業的な微笑みを返した。来週の製品発表会は手伝いをしないといけないだろうけど、きっとそれで藤沢さんと直接仕事を一緒にするのは最後になる。それが終われば私は人事部に戻るし、来週にはこの家も出ていかなければならない。
だから、この気持ちの正体に気付いていたとしても、それを閉じ込めておかなきゃいけない。
そう思いながら目の前のコーヒーを飲む。こうして二人で過ごせるのもあと数日。
「坂井さんって、俺のことどう思ってるのか聞いてもいい?」
「ぶっ……げほっ、急にどうしたんですか!?」
行儀が悪いと思いつつも突然の問いかけに思わずむせてしまった。胸をトントンと叩いて落ち着かせると、隣に座っていた藤沢さんの真剣な眼差しが私を見ていた。
「うん? なんていうか、俺が好意を伝えてるのに、あんまり受け取ってくれないからどう思われてるのか気になって」
「そ、れは……そうだったんですか?」
今思い返してみるとそれっぽいことを言われたような気もする。けれどそれは藤沢さんなりの冗談なのだろうと思っていた。
「本当に気付いてなかったの? うまく躱されてるから相手にされてないのかと思ってたんだけど……まだ脈はあるってこと?」
「藤沢さんのこと相手にしないなんて……! そんな失礼なことする女性、いないですよ……多分」
ただ私が“社長”という人と近づきたくなかっただけの話で、藤沢さんは何も悪くない。私がいつまでも過去のことを引きずっているだけなのだ。
「じゃあ、どう思ってるのか教えてくれるかな?」
「えっと……とても良くしてくれて感謝してます。これからも藤沢さんの……会社のために頑張りたいと、思っています」
「模範的な回答だね。……何か、ひっかかっていることでもあるの?」
その言葉に見透かされたような気がして思わず視線をそらしてしまう。前の会社の社長のことはもうなんとも思っていない。でも、またあんな風になってしまったらもう立ち直れないかもしれないとおもうと、怖い。
「私は、アルカトラズの社員で、藤沢さんはそこの社長です。それ以下でも、それ以上でもありません」
質問をはぐらかすようにそう応えると急に姿勢がぐらつく。
「そういう言い方は悲しいな。それに俺が、ただの一社員にこれだけのことをすると思う?」
気がつくと藤沢さんに抱きしめられていた。頬に藤沢さんの髪の毛が触れて背筋がゾクゾクする。ふれ合った身体からどちらの音か分からない心臓音が頭の中に響いてくる。
「藤沢、さん……んっ……」
「ん……はぁ、少し、黙って」
顔を上げると唇を塞がれた。藤沢社長の薄い唇は少しだけ体温が低くて、かさついていた。
(ダメ、なのに……)
そう思うのに身体の力が抜けていく。自然と開いた唇から藤沢さんの舌が入り込んできて、私の舌を見つけては吸い付く。気持ち良くなってきて、頭の中の自制心とは反対に藤沢さんに身体を預けてしまう。
「君が拒まないなら……いや、文句ならいくらでもあとから聞くから、今は俺のものになって」
熱っぽい瞳で見つめられる。切なそうなその声色に私はもう何も抵抗する気などなかった。藤沢さんならきっと大丈夫。好きな人に求められたことが嬉しくて、また同じことがおこったとしても、もう後悔はしない。そう思いながら、藤沢さんの腕の中で甘いひとときを過ごすのだった。