極甘社長にほだされても二度と秘書はやりたくない

4.気付いた時にはもう遅い

藤沢さんと一線を越えてしまった。

(でも、不思議と晴れ晴れとした気分だな……)

あんなに否定していた自分の感情を認めたからなのか、それとも同じことになっても後悔はしないと決めたからなのか。それよりも、藤沢さんの態度があの頃よりも酷く甘くなっていることの方が心臓に悪い。

社長室の隣で頼まれたコーヒーを入れながらぼうっと考えてしまう。

「何、考えてるの?」
「ひゃっ……」

耳元の刺激に思わずエスプレッソマシーンから出てきた湯気に触れそうになった。

「わっと、ぼーっとしたら火傷しちゃうよ」
「きゅ、急に耳元ではなしかけないでください!」

急に耳元で囁かれたら誰だって驚いてしまうだろう。というか、私がぼーっとしていただけではあるんだけど。

「この間の夜のこと考えてくれてたら嬉しいんだけどね」
「業務時間中ですし、ここ、会社です!」

さわ、と腰の辺りを触られて思わず手を軽く叩いてしまった。そう、藤沢さんはあの夜から、人目のないところでやたらとスキンシップを取りたがるようになっていたのだ。
社内はまだ製品発表会のことで忙しくしているというのに、社長である藤沢さんは浮き足立っているようで、少しだけ心配になる。

(そういえば、あのことも伝えないと……)

週末に戻ってくる予定だった姉から、クルーの欠員が出たから日本に戻れるのが1週間遅くなると連絡があった。タイミング的には製品発表も終わってからでちょうどいいのかもしれない。

「あの、実は姉から連絡があったんですけど……日本に戻ってくるのが1週間遅くなるみたいなんです。それで」

あと1週間だけ世話になりたい、そう言おうとすると、藤沢さんの綺麗な人差し指が私の唇に触れた。

「お姉さんが戻ってきたら本当に帰るつもりだったの? ダメ、帰さないよ」
「そ、れは困ります……」
「はは、なんてね。でも本当に住んでいいんだからね。お姉さんが戻ってきたら挨拶もしなくちゃね」

なんだか真綿で優しく締め付けられているような気分になる。
藤沢さんが私のことを好きだということに現実味がなくて、時々不安がふっと過ぎる。

「あ、そうだ。広報のところ行ってきてもらっていい? 来週配布する資料できたらしいんだけど、今手一杯みたいでね。取りにいってきてもらえる?」
「わかりました」

ちょうど目の前のエスプレッソマシーンがコーヒーを作り終わった。藤沢さんはそれを取ると社長室へ戻って行ってしまった。

(躱されてるのは私の方な気がするんだけど……。って、仕事行かなくちゃ)

嬉しい、という気持ちもある。けれど今はその気持ちに蓋をして頼まれていた通り広報部へと向かうのだった。
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