極甘社長にほだされても二度と秘書はやりたくない
時間がないとせかされながら東京駅の中を早足で歩き、新大阪行きの新幹線に乗り込んだ。ようやく渡された切符を見てみると行き先は京都、座席はグリーン車になっている。
「間に合って良かったね。先方との約束もあるからこの時間がギリギリで……急がせちゃってごめんね」
座席に着くなり藤沢社長は私のキャリーも荷物棚に上げてくれた。二時間ちょっとの行程。グリーン車に初めて乗った私はその座席の感覚に少しだけ感動する。
(って、そんな場合じゃなくない!? え、今日中に戻れるの……?)
前職で色々あったせいで今家のない私は友達の家を転々としていた。さすがに履歴書に書く住所がないのはマズと思い、CAである姉の家にしばらく住むことにしていた。だが、肝心の姉がフライトで忙しく、香港で落ちあい鍵を貰うことになっていた。
香港行きのフライトは夜中に飛ぶから最悪終電で東京に戻ってこられれば問題はない。けれど藤沢社長がキャリーを用意しているところを見る限り泊まりのような気がしてきた。
「あの、もしかして今日の仕事って泊まりですか……?」
「え? そうだけど……ってスケジュールとかもメールで送ってるよね?」
「いえ、その……」
どこから説明すればいいのだろう。藤沢社長が勘違いをしているのは分かるけど、どういった事情なのかまでは今日入社の私にはわからない。
どうしようかと思いながらちゃんと自己紹介をしていないことに気づいた。これなら失礼のない形で何か間違いが訂正できそうな気がしてきた。
「藤沢社長。自己紹介させてください」
「あぁそっか。まだだったっけ? 俺は藤沢裕幸。改めてよろしくね」
「はい、よろしくお願いします。私は人事部に配属された坂井陽香です」
差し出された手を握りながら驚かせないようにごく自然にそう伝えると、ぎゅっと握った手が一瞬固まった。
「え? 人事部……?」
「はい……あの、急いでいらっしゃったので言い出せなかったんですが……」
「え、なんで山田さんも言ってくれなかったの……!?」
「多分、急いでいたから社長の気迫に押されたのではないかと……」
「うわぁ……やっちゃった……ごめん。昔からちょっとはやとちりなところあって……」
手が離され、藤沢社長が目の前で手を合わせて謝罪のポーズをしてくれた。急いでいたことは誰が見ても明白だったので仕方ない。
「え、じゃあなんでキャリー持って……?」
「えっと、実は今日の夜中の便で香港に行く予定で……」
「ほんっとごめんね……。え、じゃあ、もう一人の子、社内においてきちゃったってことか……うわぁ、まずいな……俺、ちょっと電話してくるね」
そう言うと藤沢社長は電話をもってよろよろとグリーン車を出て行った。
少し話してみただけだけれど、社長と行っても偉ぶった感じがなくて良い印象だ。
香港までのフライトは姉が手配してくれたものだから、金銭的なダメージはない。けれどいけなくなったことは伝えておかなくちゃなとメッセージアプリを開いたところで社長が戻ってきた。
「本当に申し訳ない……。今話してきたんだけど、今回は会社の事業を知るのにちょうどいいから出張って形で俺についていってくれって」
「はぁ……」
「えぇと、夜の予定の件だけど、費用とかはちゃんと払うから安心して」
「あ、いえ、そこまでは大丈夫です。姉がCAで、格安で手配してくれたものなので……」
「本当にすみません」
そこまで謝られてしまうと逆にこちらが悪い気になってしまう。どうせ帰る場所がないのだから香港に行こうが京都に行こうがかまわない。
「そんなに謝らないでください。私も良い機会だと思ってますから」
資料だけではわからない仕事内容だってある。これから仕事に生きていくと決めたのだから、逆にこれは良いチャンスだと思うことにした。
「そう言ってもらえて助かるよ。そしたら早速今回の件なんだけど……」
あまり引きずられても困るなと思ったけれど、私の言葉に藤沢社長も頭を切り替えたようだ。パソコンの画面に映し出された資料を見ながら、今回の出張の説明を受けたのだった。
「間に合って良かったね。先方との約束もあるからこの時間がギリギリで……急がせちゃってごめんね」
座席に着くなり藤沢社長は私のキャリーも荷物棚に上げてくれた。二時間ちょっとの行程。グリーン車に初めて乗った私はその座席の感覚に少しだけ感動する。
(って、そんな場合じゃなくない!? え、今日中に戻れるの……?)
前職で色々あったせいで今家のない私は友達の家を転々としていた。さすがに履歴書に書く住所がないのはマズと思い、CAである姉の家にしばらく住むことにしていた。だが、肝心の姉がフライトで忙しく、香港で落ちあい鍵を貰うことになっていた。
香港行きのフライトは夜中に飛ぶから最悪終電で東京に戻ってこられれば問題はない。けれど藤沢社長がキャリーを用意しているところを見る限り泊まりのような気がしてきた。
「あの、もしかして今日の仕事って泊まりですか……?」
「え? そうだけど……ってスケジュールとかもメールで送ってるよね?」
「いえ、その……」
どこから説明すればいいのだろう。藤沢社長が勘違いをしているのは分かるけど、どういった事情なのかまでは今日入社の私にはわからない。
どうしようかと思いながらちゃんと自己紹介をしていないことに気づいた。これなら失礼のない形で何か間違いが訂正できそうな気がしてきた。
「藤沢社長。自己紹介させてください」
「あぁそっか。まだだったっけ? 俺は藤沢裕幸。改めてよろしくね」
「はい、よろしくお願いします。私は人事部に配属された坂井陽香です」
差し出された手を握りながら驚かせないようにごく自然にそう伝えると、ぎゅっと握った手が一瞬固まった。
「え? 人事部……?」
「はい……あの、急いでいらっしゃったので言い出せなかったんですが……」
「え、なんで山田さんも言ってくれなかったの……!?」
「多分、急いでいたから社長の気迫に押されたのではないかと……」
「うわぁ……やっちゃった……ごめん。昔からちょっとはやとちりなところあって……」
手が離され、藤沢社長が目の前で手を合わせて謝罪のポーズをしてくれた。急いでいたことは誰が見ても明白だったので仕方ない。
「え、じゃあなんでキャリー持って……?」
「えっと、実は今日の夜中の便で香港に行く予定で……」
「ほんっとごめんね……。え、じゃあ、もう一人の子、社内においてきちゃったってことか……うわぁ、まずいな……俺、ちょっと電話してくるね」
そう言うと藤沢社長は電話をもってよろよろとグリーン車を出て行った。
少し話してみただけだけれど、社長と行っても偉ぶった感じがなくて良い印象だ。
香港までのフライトは姉が手配してくれたものだから、金銭的なダメージはない。けれどいけなくなったことは伝えておかなくちゃなとメッセージアプリを開いたところで社長が戻ってきた。
「本当に申し訳ない……。今話してきたんだけど、今回は会社の事業を知るのにちょうどいいから出張って形で俺についていってくれって」
「はぁ……」
「えぇと、夜の予定の件だけど、費用とかはちゃんと払うから安心して」
「あ、いえ、そこまでは大丈夫です。姉がCAで、格安で手配してくれたものなので……」
「本当にすみません」
そこまで謝られてしまうと逆にこちらが悪い気になってしまう。どうせ帰る場所がないのだから香港に行こうが京都に行こうがかまわない。
「そんなに謝らないでください。私も良い機会だと思ってますから」
資料だけではわからない仕事内容だってある。これから仕事に生きていくと決めたのだから、逆にこれは良いチャンスだと思うことにした。
「そう言ってもらえて助かるよ。そしたら早速今回の件なんだけど……」
あまり引きずられても困るなと思ったけれど、私の言葉に藤沢社長も頭を切り替えたようだ。パソコンの画面に映し出された資料を見ながら、今回の出張の説明を受けたのだった。