極甘社長にほだされても二度と秘書はやりたくない
広報部へ向かうと私に気付いた今野さんが手を振ってくれた。
「あの、藤沢社長から資料を取りにいくよう頼まれてきました」
「ありがとう。今こっちも色々忙しくて……。はい、これになります」
まとめられていた資料を受け取る。主に取材にくるIT雑誌やネットニュースなどのメディアや関係各署に配られる資料になるらしい。広報の仕事も面白そうだけど大変だし、自分には務まらないなと思っていると。
「うわ、また宮川のやつ無理いってきた……」
社内のチャットツールの音に反応した今野さんがPCを見て悪態をついた。そういえばこの間の会議で、今野さんと宮川さんがくだけた会話をしていたのを思い出す。
「あの、今野さんと宮川さんって昔からの知り合いなんですか?」
ふと、疑問に思ったことを口に出すと、今野さんは一瞬気まずそうな表情になった。
「えぇと、同期、かな。って言っても二人とも中途だし、たまたま入社日が同じってだけなんだけど」
「そうなんですね! 中途入社って聞いて、少し親近感出ました」
もちろんこの年になれば中途入社の人がいてもおかしくはない。けれど同日というのもなかなか珍しい。だから仲がいいんだと納得していると、周りの人たちが少しざわついた。何かおかしなことでも言ってしまったかなと様子をうかがっていると……。
「どうせもうすぐ結婚すんだからはぐらかすような言い方しなくてもいいだろ」
「うっ……って、なんで来るのよ!」
「お前の返事が遅いからだ、バカ」
声のした方を振り向くと、相当疲れた表情を浮かべている宮川さんがいた。なんとなく無精髭も生えているように見えるし、やはり家に帰れていないのだろうか。それよりも「結婚」という単語を聞いて納得してしまう。
「結婚……そういうことだったんですね……!」
「そ。それで、この間お前が出張連れてかれたやつ。本当は俺とコイツで行く予定だったんだよ。悪かったな」
「それは……合致がいきました……」
客先で藤沢さんが宮川さんと電話をしていたのは覚えている。本来行く予定だったのがこの二人だったのかと思えばあの温泉旅館も納得だ。
「とかなんとか言って、本当は社長に休んで欲しかったんでしょ?」
「……ま、否定はしないけどな。アイツ、休みも仕事も区別ねぇし」
「宮川さんと藤沢社長は昔からの知り合いですか?」
「飲み友達だった。んで、会社辞めるときにここに誘われたってわけ」
「な、なるほど……」
それなら宮川さんから藤沢さんへ体する態度にも納得する。
「ま、アイツのことよろしくな」
「はい……」
ふっと微笑まれて、それってどういう意味だろうと考える。しかし二人は目の前で仕事の話を始めてしまい、私は資料を抱えて会釈をしてその場をそっと離れたのだった。