極甘社長にほだされても二度と秘書はやりたくない

2.二度と秘書はしたくないのに

藤沢社長と京都観光をしっかりと楽しんだのは良いものの、結局姉と会えなかったため帰る家がない。
東京駅で藤沢社長と別れたあとは、疲れもあって仕方無くホテルに泊まることにした。

(とは言ってもこんな生活も続けられないし、そろそろ腰を落ち着けて生活したい……)

次に姉が日本に帰国するのは2週間後だ。この際、ウィークリーマンションでも借りようか、でも探している間にどんどん日は経ってしまう。悶々と悩みながらも今日もキャリーを持って出社した。

「おはようございます」
「あ、坂井さんおはよう。先週は、色々迷惑かけたね」
「いえ、業務内容を知る良い機会にもなったので、大丈夫です」

業務内容というか藤沢社長がどんな人かを知る機会になった、というのが正しい。仕事ができる人、それと寝起きがあまりよくないこと。しかしそんなことは話せるはずはなく、曖昧な笑顔を作った。

「そういえば、元々秘書で入社予定だった別の方の方は良かったんですか?」
「あぁ、酒井さんの方ね……」

自分のことばかり考えていたけれど、本来秘書として同行する予定だった別の「さかい」さんもいるはずだ。
そっちの「さかい」さんが出張に行くはずだったのに、別の人が連れていかれて良い気分はしなかっただろうなと思っていると。

「その酒井さんなんだけどね」

山田さんの表情が強ばる。

「実は家の都合で入社辞退に……なっちゃったんだよね」
「えっ……!? 入社辞退……?」

げんなりとした表情を浮かべた山田さんが溜め息をついた。

「藤沢社長の秘書が来月退職予定なんだよね。今は休暇中なんだけど。引き継ぎもあるからこの時期に新しい人見つけないと不味いんだ……参ったなぁ」
「そんなことってあるんですね……」

前の会社では、派遣や契約社員が入社辞退をすることはたまにあった。業務内容的に専門性を問われるものではなかったので、派遣会社から別の人を紹介してもらって事なきを得ていたけれど、秘書となれば別だ。
人事部としては早急に人員を見つけなければいけないわけで、これから忙しくなるかもしれないな、なんて思っていると。

「おはようございます。って、みんな渋い顔してどうしたの?」

コーヒーを片手に藤沢社長が出社してきた。先週のスーツ姿とは違い、今日はシャツにカジュアルジャケットといった少しラフな格好だ。てっきりお昼前ぐらいに出社してくるものだと思っていたが、時刻は9時ぴったり。私の中で社長のイメージが書き換えられていく。

「あ、藤沢社長、おはようございます」
「山田さん、先週はごめんね。色々融通きいてくれてありがとう。それと、坂井さんも」

優しい表情に少しだけドキリとする。この人と京都に行って仕事して観光して……初対面なのにぐっと距離が縮まった。でも会社では社長と一社員であることをちゃんと線引きしなければと仕事用の笑顔を作る。

「こちらこそお世話になりました。今日からは人事部としてお願いします」

頭をさげると「うん、よろしくね」と柔らかな返事が降ってきた。藤沢社長の会社なら安心して働けそうでほっと胸を撫で下ろした。

「それで、なんか困ってるみたいだったけど何かあった?」
「実は先週入社予定だった秘書の酒井さんなんですが、入社辞退の連絡がありました。二宮さんの退職まであと一ヶ月ちょっとなので、急いで人を探します」

恐らく二宮さんという人が現在の秘書なんだろう。休暇中と言っていたから、入社辞退をなれば戻ってくるまで次の秘書が不在ということになる。

「あ、そうなんだ。だったら提案なんだけど」

しかし、藤沢社長は驚いた様子もなくその事実をあっさりと受け入れた。確か、社長本人が面談をしたわけではないと言っていたから、あまりこだわりはなかったのかもしれない。
それはそれで「酒井さん」が少し気の毒だなと思っていると。

「なら、そっちの坂井さんに秘書になってもらってもいい?」
「えっ……!?」

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