極甘社長にほだされても二度と秘書はやりたくない
「なら、そっちの坂井さんに秘書になってもらってもいい?」
「えっ……!?」

突然の提案に驚いて思いっきり目を見開いてしまった。藤沢社長も驚いた表情を浮かべていた。

「あ、急にごめんね。でも坂井さん、秘書の経験あるよね?」

何でそれを……と思っていると山田さんが、面談の時に提出した私の履歴書を取りだした。

「社長、すごいです。履歴書見てないのに何で分かるんですか?」

そう言って私の履歴書を藤沢社長に渡した。

「やっぱりね。結構細々したところで俺のこと気遣ってくれてたから」
(しまった……やっぱりあれ、マズかったのかも……)

性格だから仕方無いとはいえ、静かに暮らしていくためにはもう少し抜けた感じで振る舞った方がよかったのかもしれないと思っても後の祭り。藤沢社長はニコリと人の良い笑みを浮かべている。
その笑顔に少しだけ嫌な予感がした。

「給与も再考するし、どう? あ、人事部の方は別でまだ人を探して貰う必要があるけど」
「こっちは大丈夫です。秘書を見つける方が大変なので」

山田さんの返事に思わず「えぇ!?」という声を出しそうになった。まるで身を売られた様な気分だ。
ただ、藤沢社長にも山田さんにも申し訳ないけれど秘書は二度とやらないと決めている。というよりも社長や偉い人に近づきたくないというのが本音だ。

「じゃあ、あとは坂井さんの意向次第だね、どうかな?」

正直、給与の再考というのは魅力的な相談だった。前職を辞めてから貯金を切り崩していたし、生活を安定させて使った分をまた貯めたい。

(うぅ……でも……)

苦い思い出が蘇ってきて胸がざわつく。

少し時間をくださいと言うべきか……。しかし急を要することでもある。雰囲気的に今返事をしなければならないような気がして、冷や汗が出てくる。

「あの秘書は、ちょっと……」

できればやりたくない、そう言葉にしようとして途中まで声に出す。すると藤沢社長が少し残念そうな顔をした。

「そう、だよね。人事部っていうことで入社してもらったんだし……俺としては坂井さんだとやりやすいなって思ったんだけど」

そう言われてしまうと胸が痛む。多分、人に頼られると弱いタイプという自覚はある。だから前職でも酷い目にあったのだけれど。

「じゃあ、ひとまず次の秘書が決まるか、休職中の二宮が戻ってくるまでの間はどうかな?」

藤沢社長の提案に心が揺らぐ。前の会社の社長と藤沢社長は違うというのは分かっている。この数日で藤沢社長の人となりを見てきたし、信頼できる人だとも思う。

「期間限定ってことですか……?」
「うん。その後はちゃんと人事部に戻すよ。山田さん、それでもいい?」
「こっちはそれでも大丈夫です。坂井さんがよければですが」

私の曖昧な返事を聞いていた山田さんも気遣いの視線を送ってくれる。ここで断ったところで私がクビになることはないだろう。静かに暮らして行くのにはここは断るべきだと思っているのに。

「少しの間でいいのなら……秘書の仕事、引き受けます」
「ありがとう……! よろしくね」

そう返事をすると藤沢社長が嬉しそうな笑顔を浮かべた。断るべきなのに期間限定とはいえ引き受けてしまった。ノーと言えない自分の弱さに少しだけ情けなくなる。

(でも、藤沢社長なら多分……)

前の会社の社長とは違う。そう思えるぐらいには信頼できる人だと心を開き始めている。

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