ココロホームへようこそ
私は一瞬言葉に詰まった。
同じ人間なのに――同じ感情を持っているはずなのに――。
「……そう、なんだ」
思わず視線を落とす。
外では、どれだけ自分の言葉が空回りしたか、どれだけ沈黙が重くのしかかったかを考えてしまう。
きっと、カイジくんの言う“僕達”という言葉の枠の中には、私も、そしてここにいるみんなも、最初から含まれているのだろう。
私達は、外の世界の『普通』からこぼれ落ちてしまった落第生だ。
その時、談話室のドアが勢いよく開き、診察室から清次郎くんが帰ってきた。
「何だか楽しそうだな!」
「お、早いじゃん」
「おかえり〜」
「おかえりなさい。今日は珍しく早いですね」
いつもなら、清次郎くんの診察はこれでもかと長引くのがお約束だ。理由は単純で、彼が自分の輝かしい妄想帝国の武勇伝を、お医者さんに一時間くらい熱弁し続けるからである。
「今日はこれを貰うだけだったからな」
そう言って、彼が誇らしげに掲げて見せてくれた一枚の白い紙。そこには、太い文字で『外出許可証』と印字されていた。
(私ですら、まだ一回も許可が下りたことない外出許可証だと……!?)
私は思わず目を丸くして、その紙を凝視してしまう。
「良いじゃん。ウチも服買いに行きたいわー……。連れてって♡」
「断る!」
「ちえー」
心乃ちゃんは不貞腐れたようにクッションに顔をうずめた。
「許可が下りて良かったですね。どこに行くんですか?」
「たまには実家に顔を出してやらないとな!父様と母様も心配するし……なにより、ルカに会いに行かないとな」
「……そうですね、きっと待ってますよ」
カイジくんは、ほんの一瞬だけ、痛みを堪えるように視線を斜め下に逸らした。
「ルカちゃんって何歳だっけ?」
「今年で八歳だ。最近の小学生の欲しい物とか分からんからな、折り紙をプレゼントすることにした!」
「清次郎くんにしては良いプレゼントだと思うよ」
「ふっ、ルカもこんな素晴らしい兄を持てて幸せだな!」
「ひと言多いぞー」
―――取り壊しも半ばで放置された、雑草の生い茂る築数十年の廃アパート跡地。
清次郎くんは、いつもそのガレキの真ん中で、愛する家族の夢を見ている。
彼は本当は、赤子ポストで発見された、天涯孤独の身の上だ。彼を待つ家族も、ルカという名の妹も、現実のどこにも存在しない。彼の強すぎる妄想が作り出した、切ない幻影だ。
「行ってらっしゃい」
「行ってら〜。お土産よろしく!」
「トーテムポール頼む」
「心乃くん、ハワイに行くんじゃないんだぞ!?」
ひとしきり騒いで、清次郎くんを玄関で見送り、また談話室に戻る。
心乃ちゃんはクッションを抱えたまま、ぽつりと呟く。
「良いなー、外出。ウチも外出したい」
「それな」
ふと見上げた窓の、頑丈な鉄格子が嫌でも目に入る。ここは温かいけれど、同時に私達を閉じ込める檻でもあるのだ。
「脱走する?」
「駄目ですよ」
カイジくんに却下されてしまった。時々カイジくんは、私達の動向を監視するお医者さんのスパイなんじゃないかと疑ってしまう。
―――まぁ、半分冗談だけど。
ふと、窓の外に視線を移した。
空は淡い水色で、雲がふわりと流れている。風に揺れる木々の葉が、光を反射してキラキラと瞬いていた。
夕方、自分の部屋に戻ると、私はいつもの定位置である二段ベッドの上段に登った。
寝そべりながら、昔から好きだったお気に入りの漫画や小説のページをめくって時間を潰す。
カチカチと静かに響く時計の針が、午後六時を指した。そろそろ夕食の時間だ。
下のベットでクマ吉(クマのぬいぐるみ)を抱えて寝ていた心乃ちゃんにそっと声を掛ける。
「心乃ちゃん、夜ご飯食べれそう?」
「んー……今、頭痛いから無理かもしれん。先行っててー」
「うん、分かった」
心乃ちゃんは、ストレスや気圧のせいで、たまに激しい頭痛を起こして寝込んでしまうことがある。
私はベッドのはしごをそっと静かに降り、部屋を出た。
廊下でばったり出くわしたカイジくんと並んで、一階の食堂へと向かう。
「おや?心乃ちゃんはいませんね」
「頭痛いんだってさ」
「そうですか」
食堂に着くと、すでに外出から帰ってきていた清次郎くんが、嬉しそうにひとつの大きな紙袋を抱えて待っていた。
さすがに心乃ちゃんが頼んだトーテムポールはなかったけれど、代わりに最近、女子高生達の間で大流行しているというお洒落なお菓子を買ってきてくれたらしい。
「マジでありがとう……!」
(嬉しいな。私もいつか外出許可が下りたら、絶対にみんなにお返しを買ってこよう)
紙袋を開けると、色とりどりの小さな袋に入ったお菓子が目に飛び込んだ。ひとつひとつが小さく可愛らしくて、見ているだけでちょっと楽しい気分になる。
「ちゃんと四人分買ったからな!お陰で小遣いが消えてしまったが……」
「痛い出費!」
「無理しなくても良かったのですが……ありがとうございます」
お菓子を眺めていたら、配膳をしていた職員さんから「お菓子はご飯の後だよー」と軽く注意されてしまった。
同じ人間なのに――同じ感情を持っているはずなのに――。
「……そう、なんだ」
思わず視線を落とす。
外では、どれだけ自分の言葉が空回りしたか、どれだけ沈黙が重くのしかかったかを考えてしまう。
きっと、カイジくんの言う“僕達”という言葉の枠の中には、私も、そしてここにいるみんなも、最初から含まれているのだろう。
私達は、外の世界の『普通』からこぼれ落ちてしまった落第生だ。
その時、談話室のドアが勢いよく開き、診察室から清次郎くんが帰ってきた。
「何だか楽しそうだな!」
「お、早いじゃん」
「おかえり〜」
「おかえりなさい。今日は珍しく早いですね」
いつもなら、清次郎くんの診察はこれでもかと長引くのがお約束だ。理由は単純で、彼が自分の輝かしい妄想帝国の武勇伝を、お医者さんに一時間くらい熱弁し続けるからである。
「今日はこれを貰うだけだったからな」
そう言って、彼が誇らしげに掲げて見せてくれた一枚の白い紙。そこには、太い文字で『外出許可証』と印字されていた。
(私ですら、まだ一回も許可が下りたことない外出許可証だと……!?)
私は思わず目を丸くして、その紙を凝視してしまう。
「良いじゃん。ウチも服買いに行きたいわー……。連れてって♡」
「断る!」
「ちえー」
心乃ちゃんは不貞腐れたようにクッションに顔をうずめた。
「許可が下りて良かったですね。どこに行くんですか?」
「たまには実家に顔を出してやらないとな!父様と母様も心配するし……なにより、ルカに会いに行かないとな」
「……そうですね、きっと待ってますよ」
カイジくんは、ほんの一瞬だけ、痛みを堪えるように視線を斜め下に逸らした。
「ルカちゃんって何歳だっけ?」
「今年で八歳だ。最近の小学生の欲しい物とか分からんからな、折り紙をプレゼントすることにした!」
「清次郎くんにしては良いプレゼントだと思うよ」
「ふっ、ルカもこんな素晴らしい兄を持てて幸せだな!」
「ひと言多いぞー」
―――取り壊しも半ばで放置された、雑草の生い茂る築数十年の廃アパート跡地。
清次郎くんは、いつもそのガレキの真ん中で、愛する家族の夢を見ている。
彼は本当は、赤子ポストで発見された、天涯孤独の身の上だ。彼を待つ家族も、ルカという名の妹も、現実のどこにも存在しない。彼の強すぎる妄想が作り出した、切ない幻影だ。
「行ってらっしゃい」
「行ってら〜。お土産よろしく!」
「トーテムポール頼む」
「心乃くん、ハワイに行くんじゃないんだぞ!?」
ひとしきり騒いで、清次郎くんを玄関で見送り、また談話室に戻る。
心乃ちゃんはクッションを抱えたまま、ぽつりと呟く。
「良いなー、外出。ウチも外出したい」
「それな」
ふと見上げた窓の、頑丈な鉄格子が嫌でも目に入る。ここは温かいけれど、同時に私達を閉じ込める檻でもあるのだ。
「脱走する?」
「駄目ですよ」
カイジくんに却下されてしまった。時々カイジくんは、私達の動向を監視するお医者さんのスパイなんじゃないかと疑ってしまう。
―――まぁ、半分冗談だけど。
ふと、窓の外に視線を移した。
空は淡い水色で、雲がふわりと流れている。風に揺れる木々の葉が、光を反射してキラキラと瞬いていた。
夕方、自分の部屋に戻ると、私はいつもの定位置である二段ベッドの上段に登った。
寝そべりながら、昔から好きだったお気に入りの漫画や小説のページをめくって時間を潰す。
カチカチと静かに響く時計の針が、午後六時を指した。そろそろ夕食の時間だ。
下のベットでクマ吉(クマのぬいぐるみ)を抱えて寝ていた心乃ちゃんにそっと声を掛ける。
「心乃ちゃん、夜ご飯食べれそう?」
「んー……今、頭痛いから無理かもしれん。先行っててー」
「うん、分かった」
心乃ちゃんは、ストレスや気圧のせいで、たまに激しい頭痛を起こして寝込んでしまうことがある。
私はベッドのはしごをそっと静かに降り、部屋を出た。
廊下でばったり出くわしたカイジくんと並んで、一階の食堂へと向かう。
「おや?心乃ちゃんはいませんね」
「頭痛いんだってさ」
「そうですか」
食堂に着くと、すでに外出から帰ってきていた清次郎くんが、嬉しそうにひとつの大きな紙袋を抱えて待っていた。
さすがに心乃ちゃんが頼んだトーテムポールはなかったけれど、代わりに最近、女子高生達の間で大流行しているというお洒落なお菓子を買ってきてくれたらしい。
「マジでありがとう……!」
(嬉しいな。私もいつか外出許可が下りたら、絶対にみんなにお返しを買ってこよう)
紙袋を開けると、色とりどりの小さな袋に入ったお菓子が目に飛び込んだ。ひとつひとつが小さく可愛らしくて、見ているだけでちょっと楽しい気分になる。
「ちゃんと四人分買ったからな!お陰で小遣いが消えてしまったが……」
「痛い出費!」
「無理しなくても良かったのですが……ありがとうございます」
お菓子を眺めていたら、配膳をしていた職員さんから「お菓子はご飯の後だよー」と軽く注意されてしまった。