せっかく凡庸な彼女が自ら身を引いてくれたのに、天才魔術士はそれを許すつもりがないようです

 ジェシカもセシルも、目をぱちぱちさせている。
 そっくりな表情。

「僕の家のほうが環境がいいはずだ。君にとっても、セシルくんにとっても。違うかい?」
「そうはそう……」
「当座必要な荷物は何だろう? 着替えとセシルくんの学用品? 今から運んで、今日から一緒に暮らそう。この部屋は週末にでも引き払えばいい」

 強引なことは百も承知。

(でも、こうでもしなければ、誰もしあわせになれないじゃないか。全員しあわせにしてみせる。ジェシカも、セシルも、僕自身も)

 本当はジェシカを素直に頷かせられる最強カードを持っているのだが、それは使いたくないと思っている。

 ロペス先生には、今日の件をジェシカに連絡する際には、『持ち物にイタズラをされたものの、修復済みで、相手生徒にも指導をおこなった』という程度にしてもらうことで話をつけていた。
 ロペス先生にしても、加害者はまだ1年生で、大いに反省していることを鑑みて、そもそも大ごとにするつもりはなかったようだ。

 しかし、今日セシルの身におきた出来事を、この場でハンスの口からつぶさに話すことは可能である。
 そうすれば、ジェシカはハンスの望みを断れなくなるはずだ。
 きっとハンスをセシルの父親にしてくれる。
 何しろハンスはセシルの学校で非常勤講師なのだから。
 
 けれど、それをしたくない。
 セシルと同じくジェシカを悲しませたくないのもあるが、それだけではなかった。
 ジェシカには内緒にするという、セシルとの約束も守ってやりたいのだ。

 これから先ずっとこのふたりのそばにいて、しあわせにする──
 そんな未来を想像するだけで、胸にこみ上げてくるものがある。
 
(僕らは家族になるんだ。そのためには……)

 ハンスは、彼の婚約者ロザリア・ウィザースプーンのことを思い浮かべたのであった。

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