せっかく凡庸な彼女が自ら身を引いてくれたのに、天才魔術士はそれを許すつもりがないようです
ジェシカは拍子抜けした様子で、ハンスのことをまじまじと見る。
「ああ、よかった! 話し声が聞こえてきたから、びっくりしちゃったわ。でも、どうしてあなたがここにいるの?」
「ジェシカ……」
ハンスはジェシカの手を取った。
ジェシカは驚き、反射的に引っ込めようとしたが、ハンスの真剣な顔を見て、全ての動きを止めた。
「……何?」
「結婚しよう」
『えっ⁉︎』と大きな声を出したのはセシルだった。
それから遅れること5秒、ジェシカは口を開いた。
「……い、いきなりどうしたの⁉︎」
「いきなりじゃない。ずっと考えてた」
「で、でも!」
「残りの人生はずっと君のそばにいたい。それと、セシルくんの父親になりたいんだ」
『なりたい』も何も、ハンスはセシルの父親である。
だが、ハンスの言った『父親』は、そういう意味の父親ではない。
それはジェシカも理解しているはずである。
そのセシルはというと、大きな笑顔になっていた。
キラキラと輝く瞳で、期待をこめてジェシカを見つめる。
「だけど……」
ジェシカは、セシルのほうを気にしながら言い淀む。
分かっている。
本当は、ロザリアさんのことをこの場で問い質したいのだ。
それなのに、セシルがいる手前それができないでいる。
ハンスはジェシカの耳元に口を寄せた。
そうして、セシルに聞こえないよう小声で言った。
「続きはふたりだけのときに話そう」
ジェシカはまだ引っかかっている。
しかし、ハンスは気にしない。
「君さえ同意してくれるなら、婚姻届も最速で出せるように、すぐにでも動くよ。だけど、その前にとにかく僕の家に引っ越そう。婚姻届を提出できるまでは、僕のことはただの同居人として扱ってくれて構わないから」
「ええっ、急にそんなことを言われても困るわ!」