せっかく凡庸な彼女が自ら身を引いてくれたのに、天才魔術士はそれを許すつもりがないようです

 顔を逸らし、わざとノーステリアのイントネーションで答える。

「あの、人違いだと思い……」
「そんなはずがない!」

 ハンスらしからぬ熱量だと思った。
 少なくとも、ジェシカはハンスから話している途中で遮られた経験はなかった。
 記憶の中のハンスは、いつだってジェシカの話に余さず耳を傾けてくれた。

 ジェシカが驚いたのを見て、ハンスは気まずそうな顔をした。

「すまない。でも、どうか理解してほしい。ようやく見つけられたというのに、君が他人のフリをしようとするから、つい焦ってしまった」
「私のことを探してた……?」
「当たり前だろう? 君のご両親や、君と親交のあった同級生には、君の行方を知らないか、ひとり残らず当たったよ」

 『両親』という言葉にドキッとする。

「それなのに手がかりは何も得られなくて。外出するときには、君がいないかと常に気にしてたよ。とうとう会えた!」

 意外だった。
 そんな人だとは思っていなかった。

(姿を消せば、すぐに私のことなんて思い出しもしなくなるだろうと……)

 来る者を拒むことはしないし、孤立している者にも等しく声をかける。
 けれど、僅かでも鬱陶しそうな素ぶりや拒絶を見て取れば一定の距離を置くし、離れていく者を追うこともしない。

 他人に執着がない。
 そういう人だと思っていた。
 ジェシカが知らなかっただけで、元々こういう一面をもっていたのか、それともハンスが変わったのか。

「君がこれまでどうしていたのかを訊きたいが、このあとは講演会の事前打ち合わせやランチの約束があって、時間が取れない。講演会が終わったあと、ディナーを一緒にどうだろうか?」
「ムリだわ‼︎」

 今度はハンスが驚く番だった。
 ジェシカに即答で断られるなど、想像もしなかったに違いない。
 けれど、ジェシカは変わったのだ。
 今のジェシカには、何よりも優先すべき存在がいる。

「家族! そう、家族の夕食を準備しないといけないし、一緒に食べないといけないから」

 ハンスがジェシカの左薬指の付け根に視線を移したのが分かった。
 指輪をしているかどうか確認したに違いない。
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