私を言葉で抱く年下作家の溺愛
「はい、とぼけない」

軽い口調。でも、その目は鋭い。

ぐっと距離を詰められる。

顔を覗き込まれる。逃げ場がない。

「恋患ってる顔」

低く、言われる。

「俺の時も、そんな顔してた」

——ドクン。胸の奥が、強く鳴る。

思い出したくない記憶が、わずかに浮かぶ。

数年前。 私と田辺は、確かに恋仲だった。

でも——私が編集長になった時。

彼は、迷わず離れた。あっさりと。

仕事を選んだ私を、捨てた。

「……まさか」

田辺が、少しだけ口元を緩める。

「君が、恋に溺れるとはね」

その言い方が、癪に障る。

私は、ゆっくりと息を吐いた。そして、まっすぐに見返す。

「お言葉ですが」

冷静に、はっきりと。

「相手が、私に溺れてるんですよ」

 ——一瞬の沈黙。
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