スターライトパレード

第7話 届けた音と約束

コンコン、と控えめなノック音がした。

八神さんが、このフロアは全部貸し切りだって言っていたけど……
こんな時間に、誰だろう。

「オレ」

ドアの向こうから聞こえたのは、聞き慣れた声だった。
ライブで喉が枯れたのか、昼間より少し掠れていて、それだけで胸がきゅっとする。

「速攻でホテル戻ったって聞いてさ。……少し、歩かね?」

部屋着の上に薄いカーディガンを羽織って廊下に出ると、セナ君はキャップを目深にかぶって立っていた。
さっきまであんな大きなステージの真ん中にいたのに、今は夜のホテルに溶け込むみたいに静かで、その落差に少しだけどきっとする。

夜になっても蒸し暑さは残っている。
けれど、中庭にある人工の滝や小川が、ほんのり涼しい風を運んできて、火照った頬をなでていった。

隣を歩きながら、セナ君は相変わらずライブの思い出を一気に話す。
あの演出は今日ちょっと変えたとか、二曲目の煽りで客席の熱が一気に上がったとか、フライング前にちょっとだけ足がもつれそうになったとか。
細かいことまで、次から次へと楽しそうに話してくれる。

……ほんとにこの人、ライブが好きなんだなぁ。

というか、これ私だけが聞いてていいのかな。
ファンの人が聞いたら、たぶん泣いて喜ぶやつだよね……?
そんなことを思ってしまうくらい、セナ君の言葉は全部きらきらしていた。

なんて、すっかり私もスターライトパレードのファンになってる。

……なんだろう。
今なら、泣けちゃうくらい『いい曲』が書ける気がする。
まだ形になってないのに、胸の奥だけが先に熱を持っている。

「♪~~~~~」

ふいに、セナ君が鼻歌を口ずさんだ。
歩く速さに合わせるみたいに、力の抜けた、小さな鼻歌。

「今の……何の曲?」
「んー?スターライトパレードのきょくー」
「え?ソロ曲含めて全部聴いたつもりなんだけど……?」
「いや、どの曲ってわけじゃなくてさ」
「……それなのに、スターライトパレードの曲なの?」
「だって、オレらのための曲をオレらが歌ったら、それもうスターライトパレードの曲じゃね?」

その一言を聞いた瞬間――

月明かりに照らされたセナ君の横顔が、すごく遠くて、でも近かった。
言葉は軽いのに、そこにある芯だけは、まっすぐで揺らがない。

……視界が一気に、広がった気がした。

そうか。
私はずっと、『既存の曲みたいに作らなきゃ』って思ってたんだ。
正解に似せようとして、スターライトパレードらしさを外からなぞろうとしてた。
でも違う。

これから生まれる曲を、彼らが歌う。
彼らの声で、彼らのライブで、彼らのファンに届ける。
だったら、それがもうスターライトパレードの曲なんだ。

「ごめん!!帰らなきゃ!!!」
「は?帰る!?」
「ピアノ弾きたい!!今すぐ!!……ああっ、電車無理だよね!?タクシー!!」
「おい!?」
「ごめん!!明日も……行きたいけど、来れないかも!!」

言いながら、自分でも何を言ってるのかわからない。
でも、立ち止まったら消えてしまいそうだった。

ホテルの玄関に飛び出して、タクシーに滑り込む。
ドアが閉まった瞬間、心臓がまだばくばくしているのがわかった。

……頭の中が、音でいっぱいだ。

スマホの録音アプリを開いて、大きく深呼吸する。
逃したくない。
今ここにあるものを、絶対に消したくない。

頭に響くメロディーを、そっと口ずさむ。
最初はおそるおそる。
でも、ひとつ音を置いた瞬間、その先がするするとつながっていく。

楽譜通りじゃない音を作るのって、怖い。
先生もいない。模範解答もない。
これで合ってるって保証してくれるものは、どこにもない。

でも、自分の中の音を形にするって、こんなに自由なんだ。

あんなに難しく考えていたのに、今は違う。
正しい音じゃなくて、伝えたい音を選べばいい。
一音足すたびに、彼らの顔が浮かぶ。
ステージの上の笑顔も、舞台袖で見せた真剣な目も、ファンに向けて伸ばした手も。

クラシックじゃない。
『綺麗』じゃなくて、『伝わる』音が作りたい。

それが、私の曲。
< 21 / 28 >

この作品をシェア

pagetop