スターライトパレード
予想通り……
彼が来ることはなかった。
一週間が過ぎた頃、私はまた、あの音楽堂でピアノを弾いていた。
初めてここに来た日より、ずいぶん気温が上がっている。
朝の空気も前みたいに張りつめてはいなくて、風の匂いにほんの少しだけ夏が混ざりはじめていた。
年々、夏が早くなるな……
そんなことを思いながら、あの日みたいに気ままに鍵盤を叩く。
夏はもうすぐそこ。
今年の夏休みは、何をしよう。
そう考えてみても、すぐに答えは途切れる。
クラシックをやめてから、毎日がとても長く感じるようになった。
ご飯を食べて、学校へ行って、寝て、また起きて。
ピアノを手放す勇気もないまま、最低限の練習だけは毎日欠かさず。
ただそれだけの繰り返しを、もう二年。
彼に会って、声をかけられたあの日……
ピアノをやめて、ぽっかり空いていた心の穴が、ほんの少しだけ埋まった気がした。
毎日をただやり過ごすだけじゃない、何かがまた始まるのかもしれないって、ほんの少しだけ思ってしまった。
でも、それも……
気のせいだったのかもしれない。
日曜日の朝には似合わない、少し切ない旋律を奏でていると――
「みーっけ!!」
ピアノの音とは正反対の、明るすぎる声が響いた。
その一声だけで空気ががらっと変わる。
振り向くより早く、私はもう誰が来たのかわかってしまっていた。
「一週間ぶり!今さ、ツアー中でさ。昨日、九州から帰ってきたんだ」
突然現れたセナ君に、思わず手を止める。
本当に、また来た。
しかも、まるで昨日の続きを話しに来たみたいな顔で。
「やっぱ、いいわ!おまえの音!」
その屈託のないひと言に、さっきまで胸にたまっていた湿った空気が、嘘みたいに晴れていくのを感じた。
そんなふうに言われる資格なんて、もうないはずなのに。
それでも、うれしいと思ってしまう。
「あ……ツアー、お疲れ様です」
「ぶはっ!『ツアー』が何かわかってなさそうな顔してんなー」
「そ、そんなことないよ……!」
「福岡ドームって知ってる?多いときは5万人とか入るの。すっげーひれーの!」
身振りまで大きい。
きっと、本人の中では今もその景色が続いているんだろう。
彼はそのまま、福岡でのライブの話、メンバーと食べたおいしいご飯の話、観光できなかった悔しさ……
この一週間であったことを、次から次へと話してくれた。
私はうまく返事もできず、ただ相槌を打つばかりだった。
へえ、とか、そうなんだ、とか、そんな言葉しか出てこない。
それでも彼は気にした様子もなく、楽しそうに話し続ける。
さすが芸能人は、おしゃべりも上手なんだな。
いや、上手というより、この人はたぶん思ったことがそのまま口から出るタイプなんだろうけど。
盛ってるんだろうな、と思うのに、どこを盛っているのか全然わからない。
そう思っていたら、なんだかおかしくなって、思わず笑ってしまった。
そんなふうに話し続ける姿を見ていたら、胸の奥に張っていたものが少しだけゆるむ。
笑わせようとしているわけじゃないんだろう。
たぶん、本当に思ったことを、そのまま口にしているだけだ。
でも、そういう無防備さほど、変に刺さる。
セナ君の口ぶりから伝わってくる熱量。
本当に、私に曲を作ってほしいと思ってくれているんだ。
自分たちのことを、ちゃんと知ってほしいと思ってくれている。
それが伝わるからこそ、余計に苦しくなる。
そう思ったら、彼の時間を無駄にしたくなかった。
期待させたままにするのが、一番よくない。
ちゃんと……断らなきゃ。
「セナ君って……呼んでいいのかな?なんで、私に曲を作ってって言ったの?」
彼が来ることはなかった。
一週間が過ぎた頃、私はまた、あの音楽堂でピアノを弾いていた。
初めてここに来た日より、ずいぶん気温が上がっている。
朝の空気も前みたいに張りつめてはいなくて、風の匂いにほんの少しだけ夏が混ざりはじめていた。
年々、夏が早くなるな……
そんなことを思いながら、あの日みたいに気ままに鍵盤を叩く。
夏はもうすぐそこ。
今年の夏休みは、何をしよう。
そう考えてみても、すぐに答えは途切れる。
クラシックをやめてから、毎日がとても長く感じるようになった。
ご飯を食べて、学校へ行って、寝て、また起きて。
ピアノを手放す勇気もないまま、最低限の練習だけは毎日欠かさず。
ただそれだけの繰り返しを、もう二年。
彼に会って、声をかけられたあの日……
ピアノをやめて、ぽっかり空いていた心の穴が、ほんの少しだけ埋まった気がした。
毎日をただやり過ごすだけじゃない、何かがまた始まるのかもしれないって、ほんの少しだけ思ってしまった。
でも、それも……
気のせいだったのかもしれない。
日曜日の朝には似合わない、少し切ない旋律を奏でていると――
「みーっけ!!」
ピアノの音とは正反対の、明るすぎる声が響いた。
その一声だけで空気ががらっと変わる。
振り向くより早く、私はもう誰が来たのかわかってしまっていた。
「一週間ぶり!今さ、ツアー中でさ。昨日、九州から帰ってきたんだ」
突然現れたセナ君に、思わず手を止める。
本当に、また来た。
しかも、まるで昨日の続きを話しに来たみたいな顔で。
「やっぱ、いいわ!おまえの音!」
その屈託のないひと言に、さっきまで胸にたまっていた湿った空気が、嘘みたいに晴れていくのを感じた。
そんなふうに言われる資格なんて、もうないはずなのに。
それでも、うれしいと思ってしまう。
「あ……ツアー、お疲れ様です」
「ぶはっ!『ツアー』が何かわかってなさそうな顔してんなー」
「そ、そんなことないよ……!」
「福岡ドームって知ってる?多いときは5万人とか入るの。すっげーひれーの!」
身振りまで大きい。
きっと、本人の中では今もその景色が続いているんだろう。
彼はそのまま、福岡でのライブの話、メンバーと食べたおいしいご飯の話、観光できなかった悔しさ……
この一週間であったことを、次から次へと話してくれた。
私はうまく返事もできず、ただ相槌を打つばかりだった。
へえ、とか、そうなんだ、とか、そんな言葉しか出てこない。
それでも彼は気にした様子もなく、楽しそうに話し続ける。
さすが芸能人は、おしゃべりも上手なんだな。
いや、上手というより、この人はたぶん思ったことがそのまま口から出るタイプなんだろうけど。
盛ってるんだろうな、と思うのに、どこを盛っているのか全然わからない。
そう思っていたら、なんだかおかしくなって、思わず笑ってしまった。
そんなふうに話し続ける姿を見ていたら、胸の奥に張っていたものが少しだけゆるむ。
笑わせようとしているわけじゃないんだろう。
たぶん、本当に思ったことを、そのまま口にしているだけだ。
でも、そういう無防備さほど、変に刺さる。
セナ君の口ぶりから伝わってくる熱量。
本当に、私に曲を作ってほしいと思ってくれているんだ。
自分たちのことを、ちゃんと知ってほしいと思ってくれている。
それが伝わるからこそ、余計に苦しくなる。
そう思ったら、彼の時間を無駄にしたくなかった。
期待させたままにするのが、一番よくない。
ちゃんと……断らなきゃ。
「セナ君って……呼んでいいのかな?なんで、私に曲を作ってって言ったの?」