スターライトパレード
ピアノが好きだった。
ただ好き、なんて一言じゃ足りないくらい、好きだった。
弾くのが楽しくて、うまくなりたくて、うまく弾けた日はそれだけで一日じゅう機嫌がよくなるくらいには、私の毎日はピアノでできていた。
先生の勧めでコンクールに出るようになって、私は二年前、日本で私の年齢で参加できる最高峰と言われるコンクールの予選に参加していた。
コンクールのあとは海外留学も予定していて、きっとこの先もずっと、私はピアノに向き合って生きていくんだと疑っていなかった。
迷いなんて、なかった。
でも、それが……
最後に人前で弾けた舞台になった。
コンクールの二次予選が終わったあと。
結果を待つ控室で、私は楽譜を抱えて座っていた。
「奏……」
戻ってきたのは、友人の瑞希ちゃんだった。
同じピアノ教室に通う仲間で、顔を合わせる機会も多くて、ライバルでもあったけど、ずっと近くにいた存在だった。
本番の緊張で張りつめていた私は、彼女の顔を見た瞬間、ふっと肩の力が抜けたのを覚えている。
「瑞希ちゃん!どうだった!?楽しかったね、コンクール!お客さんも優しかったし、反応もよかったよね!」
そう言いながら、抱えていた楽譜を横に置いて、その上に手を重ねる。
結果はまだ出ていなかったけど、きっと二人とも通過してる。
あのときの私は、本気でそう思っていた。
カチカチ……
「なんで……なんで、あんたはそんなに楽しそうなのよ……」
乾いた音がした。
小さくて、でも妙に耳に残る音だった。
カチカチ……
「……瑞希ちゃん?」
振り向こうとした、その前に、彼女の声が爆ぜる。
「私は……毎日毎日、こんなに苦しんでるのに!!!!」
次の瞬間、何かが顔の横をかすめた。
風を切る気配と、置いていた手元に『何か』が突き刺さる音と衝撃。
何が起きたのか理解するより先に、体が凍りついた。
「……っ!」
「……あんたなんか、弾けなくなっちゃえばいいのよ!!!!」
そう叫んで、彼女は控室のドアを乱暴に閉めて出ていった。
ほんの数秒。
たぶん、たったそれだけの出来事だった。
でも、私の中では、その数秒だけが異様に長く引き伸ばされて残っている。
怖くて、すぐには手元を確認できなかった。
息の仕方さえわからなくなって、視界の端がちかちかしていた。
ようやくの思いで、そっと目を落とす。
……右手の指。
人差し指と中指の間。
そこに、カッターナイフが鈍く光りながら突き立っていた。
息を飲んだ。
喉の奥がひゅっと鳴る。
触れないように、震える手を胸元へゆっくり引き寄せる。
大丈夫。
ちゃんと指はある。
痛くない。
血も出ていない。
そう確認できた瞬間、今度は止めどなく涙があふれてきた。
無事だったことに安心したのか、怖かったことに気づいたのか、自分でもわからない。
ただ、涙だけが止まらなかった。
その日、結果がどうだったのかも覚えていない。
どうやって帰って、どうやって眠ったのかも。
ただ好き、なんて一言じゃ足りないくらい、好きだった。
弾くのが楽しくて、うまくなりたくて、うまく弾けた日はそれだけで一日じゅう機嫌がよくなるくらいには、私の毎日はピアノでできていた。
先生の勧めでコンクールに出るようになって、私は二年前、日本で私の年齢で参加できる最高峰と言われるコンクールの予選に参加していた。
コンクールのあとは海外留学も予定していて、きっとこの先もずっと、私はピアノに向き合って生きていくんだと疑っていなかった。
迷いなんて、なかった。
でも、それが……
最後に人前で弾けた舞台になった。
コンクールの二次予選が終わったあと。
結果を待つ控室で、私は楽譜を抱えて座っていた。
「奏……」
戻ってきたのは、友人の瑞希ちゃんだった。
同じピアノ教室に通う仲間で、顔を合わせる機会も多くて、ライバルでもあったけど、ずっと近くにいた存在だった。
本番の緊張で張りつめていた私は、彼女の顔を見た瞬間、ふっと肩の力が抜けたのを覚えている。
「瑞希ちゃん!どうだった!?楽しかったね、コンクール!お客さんも優しかったし、反応もよかったよね!」
そう言いながら、抱えていた楽譜を横に置いて、その上に手を重ねる。
結果はまだ出ていなかったけど、きっと二人とも通過してる。
あのときの私は、本気でそう思っていた。
カチカチ……
「なんで……なんで、あんたはそんなに楽しそうなのよ……」
乾いた音がした。
小さくて、でも妙に耳に残る音だった。
カチカチ……
「……瑞希ちゃん?」
振り向こうとした、その前に、彼女の声が爆ぜる。
「私は……毎日毎日、こんなに苦しんでるのに!!!!」
次の瞬間、何かが顔の横をかすめた。
風を切る気配と、置いていた手元に『何か』が突き刺さる音と衝撃。
何が起きたのか理解するより先に、体が凍りついた。
「……っ!」
「……あんたなんか、弾けなくなっちゃえばいいのよ!!!!」
そう叫んで、彼女は控室のドアを乱暴に閉めて出ていった。
ほんの数秒。
たぶん、たったそれだけの出来事だった。
でも、私の中では、その数秒だけが異様に長く引き伸ばされて残っている。
怖くて、すぐには手元を確認できなかった。
息の仕方さえわからなくなって、視界の端がちかちかしていた。
ようやくの思いで、そっと目を落とす。
……右手の指。
人差し指と中指の間。
そこに、カッターナイフが鈍く光りながら突き立っていた。
息を飲んだ。
喉の奥がひゅっと鳴る。
触れないように、震える手を胸元へゆっくり引き寄せる。
大丈夫。
ちゃんと指はある。
痛くない。
血も出ていない。
そう確認できた瞬間、今度は止めどなく涙があふれてきた。
無事だったことに安心したのか、怖かったことに気づいたのか、自分でもわからない。
ただ、涙だけが止まらなかった。
その日、結果がどうだったのかも覚えていない。
どうやって帰って、どうやって眠ったのかも。