花咲く森のから騒ぎ
「あの鳥は特別なのだよ。二年前、義母のイヴォンヌが死んだ日、鳥は、一日中、イヴォンヌの名前を叫んでおった。何とも痛ましい話である。余は、義母のイヴォンヌが産んだ腹違い妹のアンを何よりも愛しておる」

 王子の顔はお茶目だ鼻が長く顎がしゃくれている。その横顔はどこか鳥に似ているウイリアムだが、傲慢な父王と違って非情なところはない。

 残忍なことで有名な先王は老いて病床に伏せっている。亡くなったなら、即、この王子が王になることは目に見えているんだもの。決して王子を怒らせてはならない。
 
 やはり、生きていくためには妥協も必要なのだ。

      ☆

「チェルシー、駄目じゃないの。どうして王子に対して、あんなことを言うのよ!」

 王子が帰った後、私は、チェルシーに向かって言わずにいられなかった。

「だって、そうしないと、マイラが王様のところに行くのよ。そしたら、ジョシュアと会えなくなるのよ! それでも平気なの?」

「……あっ」

 言葉に詰まっていると更に言った。

「そんなの平気じゃないから、きっと、ジョシュアは王子と入れ替わるって言い出すわ。でも、そしたら、ジョシュアは外見を失うのよ。それでもいいの?」

「……そ、それは」

 良くないわよ。

「あたし……、ちゃんと分かっているわ。ジョシュアは、いつも、マイラに会いたがっていた。マイラのことが好きなのよ」

「そ、そんなこと!」

いきなり言われても困る。恥ずかしいわ。あの頃は、チェルシーが男だなんて知らなかったのよ。

『マイラ! おい! 元気か!』

 私に会うと嬉しそうに笑っていたっけ。その顔を見ると、こちらも嬉しくなって胸かホッコリしたものだ。

「ジョシュアは、私にとって弟のようなものよ」

「そうなの? だけど、ジョシュアはマイラに手紙を送り続けていた。いつも、マイラのことを考えていたわ」

 寒い季節になると、暖かな外套や手袋をプレゼントしてくれていたのである。

「あんなことを言っているけれど、本当は、ジョシュアだって本来の自分の姿でいたいのよ。マイラも王子の間抜けな顔を見たでしょう! ひどい鷲鼻だわ。マイラは、あんな顔の人にキスしたいの?」

「と、とんでもないわ!」

 王子に個人的な恨みはないが、異性として好きになれない。

「それはともかく、ひとまず、この身体を元に戻しましょうよ」

 私は、昨夜から、ずっとチェルシーのままなのだ。いい加減、自分の身体に戻りたい。

「チェルシー、あなたは、国外に逃げるという手もあるんじゃない? 逃げるにしても、やはり、元の姿に戻らなければ私は何もできないわよ」

 私は、チェルシーの好きな焼き菓子の入った銀の器を差し出していく。

「甘い物でも食べて落ち着くのよ」

「マイラお姉ちゃん……」

 チェルシーは声を詰まらせて涙ぐんでいる。

「ごめんなさい。マイラお姉ちゃんに迷惑をかけてしまたわ。だけど、本当に逃げ切れるのかしら」

 逃げればいいなんて軽々しく言ったけれど、本当に可能なのかしらね……。

 でも、とりあえず身体は戻そう。うん。

 夕刻、私とチェルシーは、こっそり湖畔の別荘を抜け出してあの森に入った。幻想的な赤い花の下に立った。そして、私達は互いに見詰め合っていく。
 
「チェルシー。それじゃ、いいわね」
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