花咲く森のから騒ぎ
『それなら、チェルシーは勇敢で美しい騎士ね。運動神経がいいもの』

 チェルシーは自分のことを俺と言いたがる変な女の子だと思っていた。呪いのせいでおかしくなったのか、それとも、本当に入れ替わっているのか。そんなことは、どうでも良かった。一緒にいて楽しかった。
 
 私は、あの日、ジョシュアの心を持つチェルシーの髪に花を挿して微笑んだ。
 
『はい! 美人の騎士さんの出来上がり。黙っていたら、まるで花の露から生まれた妖精のようよ』

『おい、マイラ、ふざけるなよ!』

 あの時は、そう言って、チェルシーは花を髪から外した。そして、草むらの中で、私を押し倒すと、睨むような顔つきで言ったのだ。

『キスしてもいいか?』

 言いながら、顔を近付けてきた。私は、じっと、見返していく。あの子は、少したじろいでいた。

『な、なんだよ? 目を閉じないのかよ』

『そんなの閉じる訳がないじゃない』

すると、ふっとギリギリのところで目を逸らして呟いた。
 
『嘘だよ。冗談だ……。今はそういうことはしない』

『なぁに、変な子ね。顔が赤いわよ』

 私は、肩をすくめてから笑っていた。今、思うと頬が熱くなる。二人とも、じっとりと額に汗をかいていた。沈黙が続いた。やがて、チェルシーが沈黙を破った。

『おまえが疲れているようだから、俺が水を汲みに行くよ』

 そして、照れくさそうに立ち去った。あの時、気付かなかった。でも、あの時、チェルシーの中にいるジョシュアの鼓動を感じたわ。あの瞬間、訳もなく心が騒いだ。

 ズキン、ズキンと、心の真ん中が脈打っている。胸を押さえたまま言う。

「ねぇ、チェルシー! わたし、ジョシュアを失いたくないわ。わ、わたしも、多分、ジョシュアのことが好きなんだと思うの……」

「やっと、自分の気持ちに素直になってくれたのね!」

 そう言ったかと思うと、チェルシーが私の背中に手を回した。

「あたしにキスをして! 照れている場合じゃないわよ。マイラに戻って」

「うん、分かった」

 赤い花は大きくて百合に似た形をしている。当たり一面に濃密な花の香りが漂っている。

 私は、少し、腰をかがめてチェルシーの唇に自分の唇を押し当てていく。スッ。

 自然に入れ替わっていく。どこからどこまでが自分たちなのか分からない。本当に奇妙な気分だ。甘美な痛みを感じて私は目を閉じた。

「多分、ずっと前からジョシュアのことを好きなのね」

 その言葉を発したのは私自身の唇だった。もうそろそろ行かなければならない。

 私は、チェルシーと共に逃亡するつもりだった。

「チェルシー、私はみんなを救いたいの。とにかく、二人で逃げましょう」

 真剣に見詰め合っていたのだが……。

 薄闇の中から弓矢が飛んできた。その矢が、スパッと音を立てて樹の幹に突き刺さっている。私の身体から血が失せたかのようにビクツとなる。
 
「おい、貴様ら、そこで何をやっておる!」

 何事かと思い、ハッとして周囲を見回していくと、いきなりやばい相手と視線が合った。
 
「王子!」

 なんと、王子が、大きな弓を構えてこちらを睨み付けていたのである。おおっ、こわ。
 
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