花咲く森のから騒ぎ
「マイラ、俺も、後からそっちに行くよ。チェルシーたちは、王子が目を覚ましてもどこにも行かないように身体を木にくくって見張っているように言っておく。必ず、おまえのもとに行く」

「分かったわ」

 赤い花の期間は短い。私は、アンを追い払うことに専念しよう。

 今後のことは、それから考えるしかない。

 しかし、王子の別荘に戻ると、思いがけない難題が起こっていたのだった。

   ☆

 おしゃまなアン王女は、もう待ちきれないとばかりに訴えた。

「ウイリアムお兄様! お忘れですか! 今日は、わたくしのお誕生日ですわ。わたくし、この日を心待ちにしていましたのよ」

 何のことか分からないので黙っていると焦れたように言った。

「お忘れですか! 昨年、お約束いたしましたわよね! ダビデをくださると、おっしゃったではありませんか!」

「むむっ、ダビデ?」

「そうですわ! お喋りする利口な七色の鳥ですわよ」

「あっ、いや、そ、そ、それは……」

 あの鳥は赤い森にいるのよ。決して、そのことを知られてはいけない。

 ああ、参ったわね。うーん、どうしましょう!

 噂には聞いていたけれど、生意気な娘というよりも、むしろ、おしゃまさんって感じよね。将来、もしかしたら、すごい美人になるかもしれない。

 何しろ、彼女は、絶世の美女と呼ばれたイヴォンヌの娘なんだもの。
 
 アン王女は十二歳。王子の腹違いの妹ということになっているけれど、本当は、アルベール公爵の子供なのではないかと囁かれている。

 真っ赤な髪。鼻の頭に派手にちらばったソバカス。幼さが残るアンが拗ねたように唇を尖らせている。
 
 しかし、どうやら、本気で怒っているのではないようだ。すぐに甘えるような表情を浮かべて、子犬のようにまとわりついてきた。
 
「ねぇ、お兄様、ダビデに会わせて!」

「今は会わせられないのだ。すまないね」

「ひどいわ。お兄様! アンも賢いダビデと遊びたいわ。博士がおっしゃっていましたわ。あの鳥には素晴らしき叡智があるって」

 アンは夢中になって喋っている。

「七色の鳥は人間に懐かないし人間には捕まえられませんわ。それなのに、十二年前、ダビデは自分から飛んできたの。お母様の傍らで悲しげな声で鳴いていたそうですね。あれは、お母様の鳥ですわ。お兄様は、独り占めなんて意地悪なことはしませんよね!」

 私は鳥を独り占めする気はない。しかし、今は、そういうことに関わっている暇がないのだ。

「アン今すぐに帰りなさい。七色の鳥はここにいないのだよ。逃げ出してしまったのだ」

 私は、いかにも王族らしく気取った喋り方をしてみる。

 しかし、アンが訝しげに私の瞳を覗き込んで首を傾けている。

「お兄様、何だか、いつもと話し方が違いますよ。妙ですわ」

「うっ……」

 背中に嫌な汗が流れてしまう。そんな私を疑うように、アンがじぃっと見つめている。アンは、ジョシュアに視線を移した。ジョシュアを私は友人として泊める事にしているのだ。

「あら、こちらの美しい若者はどなたですの? お兄様の新しい従者なのですか? ずいぶん綺麗なお顔をしてますね」

「あっ、いや、こ、この者は……」

 アタフタしながら、救いを求めるようにジョシュアの方を見つめる。

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