花咲く森のから騒ぎ
「神はお怒りだ! この環境が悪いと神が申されておる監獄病が広がるのもそのためであろう! 今すぐ掃除をするのだ! 囚人達の衣服も支給せよ! 余が、すべて支払う!そして、余の権限で恩赦を行なう」

 結局、四十人の囚人を解放したのである。

 もちろん、その中には大司教に手篭めになりそうになり逆らったローザもいる。彼女は、なんと三ヶ月も投獄されていたのである。そのせいで、美しい金色の髪が薄汚れてしまっている。しかも、ギスギスに痩せてしまい頬がこけていたのだ。

「王子様!」

 釈放の報せを聞いたローザは獄舎の中から俺に手を伸ばしてハラハラと涙をこぼしている。これまでの生活がよほど辛かったに違いない。

「王子様! どうか、その、高潔なお手に触れさせてくださいまし……」

 王族の手に触れると、様々な病が治ると言われている。

 その真意はともかく、とにかく、ローザは王子に感謝したくて手を握っているのだろう。

「うむ、分かった」

 私がその手を差し出すと、ロザリーは、跪いたままの格好で私の手の甲に唇を寄せてから、よよっと感極まったように嗚咽した。

 世の中には、いろんな理不尽なことや悲しいことで溢れている。出来ることなら、すべてを改善したい。けれども、ここまでが、『偽の王子』としてやれる限界だわ。
 
 そのことを自覚した瞬間、ちょっと胸の奥がキュンと軋んでしまう。
 
 そろそろ帰ろうかしら……。もうすぐ日が暮れるわね。従者も、わたしに付き添う事に疲れちゃっているわ。

 ということで、監獄から出ようとした時だった。厩舎の前で馬具を装着しようとしていると、牢獄から開放された密猟者のハンスという男が、おずおずと近寄ってきたのである。

「なんじゃ?」

 お礼を言うつもりなのだろうか。しかし、それにしては表情が暗い。ハンスという男は、少しためらうように黙り込んでから、こんなことを言った。

「ウイリアム王子様……。ありがとうございます。皆、あなた様に感謝しております。これ以上、王子様にお願いするのは心苦しいのですが、ぜひとも救っていただきたい者がおります」

 少し離れたところに数人の元囚人が立っていた。彼等代表して、ハンスが私に嘆願しに来たようなのだ。

「実は、ジョナサンという孤児が今日の夕方に広場で処刑されることになっているのでございます」

「なぬ、孤児だと?」

「へぇ、そうでございます。ジョナサンというのは十一歳の子供です。しかし、ジョナサンは、塩の密輸をしたせいで厳しく罰せられることになりました」

「塩の密輸……」

 ああ、よく聞く話だわ。

 我が国では、王立の製塩所以外の塩を購入してはいけないという法律がある。今から百年ほど前に制定されたのだ。外国との戦争による戦費が足りなくなった際に強引に作り出した悪法とされている。海岸地帯の者も、塩を自分たちで作ることが出来ないのである。

 王立の製塩所で作られた塩は混ぜ物が多くて品質が悪い。それでも、国民はそれを買わなければならない。肉や魚を保存するには大量の塩を必要とする。それ以外にも、塩は人間の営みにとってなくてはならないものなのだから、隣国から安くて質のいい塩をこっそり持ち込む為に、妊婦のフリをして塩の塊を抱えて歩く婦人もいる。

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