花咲く森のから騒ぎ
 ハンスたちの話によると、ジョナサンという少年は何度も政府の役人に捕らえられそうになりながら懸命に塩を運んでいたそうなのだ。薄い氷が張った川を渡れるのは、小さな子供に限られている。

 橋や船を使うことなく役人の目をかいくぐって少しずつ塩を運ぶ少年を村人達は待ちわびていたという。

「ジョナサンは悪い子ではないのです。法律を破ることは悪いことなのかもしれません。けれど、その法律に大きな問題がある場合、庶民は工夫して生き抜くしかないのです。人間は、塩なしじゃ生きていけません」

 ちなみに、ハンスを密猟者として密告したのは毛皮商人の男のようである。毛皮の取引の値段で揉めた際にハンスを密猟者だと判事に告げたという。
 
 ハンスは真剣な顔で私に訴えかけている。
 
「王子様……。塩の掟は、あなた様が作った法ではありません。ですから、あなた様を責めている訳ではないのです。税を納める大切さも分かっております。しかし、貴族や役人どもが、塩を転売して儲けています。あいつらこそ、正真正銘の逆賊です。王家を欺く悪党なのです」

「うむ。なるほど……。そなた達の言いたいことは分かるぞ。まったく、その通りだな。あやつらを懲らしめてやらねばなるまい」

 そうよね。暴利を貪る商人や貴族にはムカつくわ。私も、庶民のはしくれだから、あなた達のことは分かるわよ。

「しかし、そのジョナサンという少年は監獄に収監されていないようだったぞ。どういうことなのだ?」

 リストにはそういう名前の子はいなかった。監獄の中で、幼い子を見かけた記憶もない。見かけたら、私は真っ先に救っていたわ。

 すると、ハンスは切羽詰ったように声を軋ませている。

「今朝、あいつは死刑執行人の館に連れて行かれちまったんですよ! 明日、日が暮れる頃に処刑されるんです! 死刑になる奴は死刑執行人の手によって、全身を清められてから殺されることになっているのです」

「死刑執行人の館だと!」

 むむっ、これはまずいわ。

 確か……。貴族や王族といった身分の高い者たちは首を斬られるのだが、庶民は絞首刑になるのよね。刑の執行は、たいてい、村の人達が見ている前で行われることになっている。

 今なら間に合う! 私は葦毛の馬にまたがり死刑執行人のもとへと向かった。

 恩赦よ! そうよ、王子である私が恩赦を発令してしまえばいいのよ。
 
 しかし、そうはいかないようなのだ。死刑執行人のランドールという中年の男が悲しげに首を振ったのである。
 
「王子様、死刑を中止するには正式な書類を発行していただかなければなりません」

「おおっ、そうか。分かったぞ! それならば今すぐ書くとしよう! ペンをよこせ!」

「お言葉ですが、それには議会の承認の印が必要なのでございます」

 死刑執行人のランドールという男は不思議な雰囲気の男である。

 死刑執行人の職業は親から子へと受け継がれていくものなのだ。

 死体を切り刻んだり、罪人の拷問に立ち会ったりしているうちに、人間の身体に関して詳しくなった彼等は、いつからか、薬師として町の人達に奉仕するようになっていた。死刑執行人の館では、いつも、大勢の怪我人や病人が大勢集まっている。医療費はいらなかった。死刑執行人は、貧しい者達を無料で診察しているのだ。

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