花咲く森のから騒ぎ
 私は、正直なところ、冴えない自分のことなんてどうでもいいと思って生きてきた。平凡な人間だ。でも、そんな私を好きだと言ってくれるジョシュアのためにも、ちゃんと戻りたい。そんな気持ちが、ごく自然に胸に染み渡っている。

 今後、私がが王子として生きることは無理だ。私は、秘密を抱えたまま生きていられるような人間じゃない。もっと立派な誰かが、国を治めるべきなのよ。

「だから、今後はマイラとして最善を尽くすわ」

 苦笑してから、私は、自分の身体を抱きかかえて顎をクッと持ち上げ王子に口付けていた。

 一度目は、好きでもない王子とのキスにゾッとしたわ。

 でも、今は、違う。神聖な儀式を行うような気持ちだわ。あてもなく彷徨い続けた魂が、きちんとあるべき場所に帰り着く。これは、きっと体験した者にしか分からない感覚だと思う。

「あら?」

 元に戻ったという確かな気持ちを実感を得ながら顔を上げる。すると、七色の鳥が枝の先端に止まっている様子が視界に入った。
 
 足首に、銀の細い輪が巻かれている。あれはダビデだわ。いつのまにか来たのね。
 
 これでみんな、元に戻ったわと安堵していると、チェルシーが青褪めたのよ。
 
「マイラ……。た、大変よ」

 チェルシーが私に抱きつくと幽霊を見るような目で私の背後を指差している。ジョシュアも苦悩するように頭を抱えている。

「あ、やべぇ……。なんで、あいつがここに?」

 なぜなら、低木の向こうにアンがいたからだ。しかも、親しげに微笑んでいる。

「あらあら、お邪魔でしたかしら?」
 
 アン王女は、一体、いつからここにいたのだろうか。おやおや、アンの背後から従者や侍女の声が聞えてくるではないか。
 
「うふふっ。見ましたわよ。今、チェルシー以外の娘が接吻をなさいましたわね。まさか、お兄様の真実の恋人が、そちらの女性だったなんて……。まぁ、何てことでしょう!」

 半分、驚きながらも、どこか面白がっているような声だった。

「お兄様ったら、ボーイッシュな女性をお好みでしたのね? 知りませんでしたわ」

「あっ、いや、こ、これは……」

 もう、王子じゃないのに、私は、王子の口調で何か言い訳しようと焦ってしまう。しかし、冷静なジョシュアがアンに向かって、すぐさま嘘をついていた。

「いいえ、ここにいる森の娘が、王子様にお薬を飲ませてあげていただけでございます」

 さすが、ジョシュア。嘘が上手い。

「王子様は、過労の為、疲れ果てておられるのでしょう。貧血を起こしてしまわれたのです。ですから、元気になられることを願って、皆で、薬草をとりにきたのでございます。実は、このマイラは、俺の婚約者なのです。そんなことより、アン様、なぜ、ここに?」

 ジョシュアは、相変わらず平然と嘘をついている。

 むむっ? 婚約ですって?

 やだ。そんなのしていないと叫ぼうとしたけれども、そんな私を目で制してから、ジョシュアがアンに向かって尋ねていった。

「アン様、何かあったのですか? あなたは王都にお戻りになるとおっしゃっていた筈ですよ。まさか、また、何か事件が……?」

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