花咲く森のから騒ぎ
「あんた、馬鹿なフリするのはおやめ」

「うるせー。ばばぁ。僕は本物の馬鹿なんだぞ」

 ああ言えばこう言う。憎たらしい言葉を返しているけれど、その目は必死で、子供なりに何とか誤魔化そうとしているようなのだ。頑として口を割ろうとはしなかった。

 これでは埒が開かない。おばぁちゃんは、やれやれとばかりに座り込みながら苦笑する。

「いやはや、どうしたものかね。名前がないというのは不便だねぇ」

「おまえらが僕の名前をつけろよ」

「それじゃ、マイラ、あんたが適当な名前をつけておくれよ」

「うん。それじゃ、死んだ弟の名前を付けるね。ジョシュアがいいわ!」

 私の両親と弟のジュシュアは私が四歳の時に腸チフスで亡くなっている。それからは、母方のおばぁちゃんと二人で暮らしてきたのだ。

「とにかく、今夜はうちに泊まるといいさ」 

 仕方なく、おばぁちゃんは少年を受け入れたのである。その日の午後、細い道の向こう側から頑丈な四輪馬車が林道を抜けてやってくるのが分かった。けたたましい車輪の声が響いたたかと思うと、それは、うちの小屋の前に横付けされたのだ。
 
「ごきげんよう。お母さん、お久しぶりね。いつも申し訳ないわね。うちのチェルシーちゃんを預けるわね」

 陽気な笑みを湛えながら現れたのは、モード商の妻である叔母のエルザ。叔母は、私の母の妹である。この村で生まれ育っているのだが上京してメイドとして働いていたところ、今の旦那さんに見初められて結婚したのだ。

「あらー、マイラ、相変わらず、あなたは背が高いわね」

 この間、ジョシュアは小屋の天井裏に隠れていた。

「叔母さん、今日もお洒落ね」

「そうでしょう。これを仕立てた御針子は宮廷貴族の婦人達から絶大な信頼を得ているのよ」

 頭には孔雀の羽のついたツバの広いエレガントな帽子を被っている。やけに着飾っているエルザ叔母さんは、汚くて狭い小屋の中には入ろうとしなかった。うちの小屋は煤だらけだから無理もない。

 我が国の貴族や富裕層は流行に敏感だ。

 その年によってドレスの形や靴のデザインも変わる。我が国の貴族達は、一度、舞踏会で身につけたものは二度と着用しない。

 元々、叔父は富裕層に向けてドレスの生地やリボンなどの卸売りをしていたのだが、数年前から、叔母夫婦は、我が国の貴族からそれらのドレスや靴を安値で買い取ると、それを転売するようになっていた。

 海の向こうにいる辺境地の外国人の貴族や豪商達は、それらを喜んで買ってくれるという。

 チマチマと生地や小間物を売るよりも儲け率が高いのか羽振りがよくなっている。

 馬車で三時間ほど北に港があるのだが、出航の時刻を気にしているのか、叔母は娘のチェルシーとハグしながら指示していた。

「ママは、もう行かなくちゃいけないわ。いい子にしてるのよ。チェルシー、毎晩の歯磨きを忘れないでね」

「うん。分かった」

 チェルシーは両親と別れることを気にしていない。普段から、叔母達は忙しくてチェルシーの相手を殆どしていないから、お留守番に慣れているのだ。ちなみに、その頃、長女のケイテイは女子修道院で暮らしていたのである。

 待ちくたびれたように馬車の中から叔父が告げた。

「エルザ、もう時間がないぞ。早くしないさい」

「そうね。それでは、ごきげんよう」

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