花咲く森のから騒ぎ
6
ジョシュアは、赤い樹の下に立ったままハァハァと肩で息をしている。その背中は汗でびっしょりと濡れている。王子を少し移動させただけなのに疲れたように肩をまわしている。
王子は巨漢ではないけれど背が高い方である。気絶している身体を担いで移動させるのは大変なのだ。
「ふうっ、やれやれ。王子の従者達に気付かれることなく、女神の森の樹の下に連れ出す事に成功したぜ。マイラ達のおかげで助かったな」
私とチェルシーの会話を聞いていたので、咄嗟にジョシュアは計略を練ったのよね。
『二人が、駆け落ちしてしようとしています。どうやら、密やかに愛し合う関係のようです』
そうやって煽ったおかげで王子だけを連れて来ることに成功したという。女同士で睦みあう関係だなんてことを家臣たちに知られたら末代までの恥となるので、従者には秘密でここにいるのね。
ジョシュアは自分が王子になることを決めているみたいだ。ケイテイもその案に賛成している。
「さてと、マイラ達も元に戻ったことだし、次は俺だよな……」
ジョシュアが、失神している王子を仰向けにして顔を近付けようとする。
駄目よ! 私は、ジョシュアの腕を引っ張って訴えた。
「馬鹿なことはしないで!」
「馬鹿だな。おまえとチェルシーが国外に出るよりは、うんとマシじゃないか!」
「一時的に出るだけよ! ほとぼりが冷めたら帰ってくるつもりよ」
「それなら俺もそうだよ。いずれ、元の自分に戻るから心配するな。十二年後に帰って来るさ」
しかし、その時、樹の周囲にいた七色の鳥がバタバタと暴れながら叫んだ。
『余が王になる! 余が王になる!』
あれは、あの時、王の鳥篭から逃げた鳥だ。何だか、興奮しているように見える。
他の鳥は樹の頂上付近にいる。それなのに、一匹だけが我々の周囲を忙しなく飛び回っている。
『余は王であるぞ!』
ヒステリックな叫び声は悲痛であると同時に滑稽だった。
「あら、何なのよ、この鳥、うるさいわね」
ケイティが鳥を見上げている。鬱陶しそうに手を振り無和して追い払おうとしている。
「うるさいわね。捕まえて焼き鳥にしてやる! チェルシー、あんたも手伝うのよ!」
姉妹は鳥を手で捕らえようと追いかけた。しかし、鳥は、二人を翻弄するかのように飛び回っている。私は、ジョシュアに対して責める様に尋ねた。
「ねぇ、王子になってどうするって言うの? あなたが、そんなに野心家だったとは知らなかったわ。そんなに権力が欲しいの?」
すると、ジョシュアが苦笑した。
「いや、権力の座なんて欲しくない。俺が欲しいのは、ごく普通の穏やかな生活だよ」
その囁きは、どこか胸の痛みを感じさせるものだった。彼は、自分自身の弱さを見せることを極端に嫌う側面がある。無理して強がるところがあるのだ。今のジョシュアはまさにそんな感じ。ジョシュアの微妙な心模様が私には分かるのだ。
「ねぇ、無理はしないで……」
「いや、一度は王子になる必要があるんだよ。ケイティ達の生活の基盤を整えておきたいとずっと思っていた。二人には幸せになってもらいたい」
「あら、やだ! ジョシュアったら、そんなことを思っていたの! 案外、いい子だったのね」
ケイティが鳥を追っかけながら叫んでいる。
「従者達に、こんな場面を見られたら大変よ。いいから、とっとと、入れ替わってちょうだい」
「何てことを言うのよ! ケイティ、マイラの気持ちも考えてよ!」
「えーっ、何、聞えない!」
ケイティは鳥に翻弄されて樹の周囲をグルグルと走り続けている。
ふと、ケイティが真顔になった。
[そうだ。あたしが、王子と入れ替わればいいかもしれない。 それなら誰も困らないじゃない」
私は、あんぐりと口を開けた。それだけは止めてちょうだい。そんなことをしたら国が滅びちゃうじゃない!
しかし、ケイティは、気絶している王子の口元をじっと見下ろして顔を近づけようとしている。私とジョシュアがケイティを制止した。
「やめて、ケイティ! 早まらないで!」
「嫌だ! おまえだけはやめてくれ!」
ジョシュアが、ケイティのことを羽交い絞めにしている。でも、困ったことに、ケイティの決意は固い。首を突き出して、強引に王子に口付けしようとしてウーッと唸っている。
『余が王になる! 余が王となる!』
鳥が、頭上でクルクルと旋回している。せわしなく喋り続けている。バタバタと、騒ぎ続けている。実に姦しい。
『余が王となる!』
王子にそっくりの声なのよ。微妙なアクセントの癖も完璧に模倣している。王子は、戴冠式のリハーサルをさんざんやったのかもしれない。
「うるさいわね! この馬鹿鳥! おだまりなさい!」
ケイティがキーっと鳥を睨みつけている。すると、鳥はケイティの髪飾りを突付いた。
「もうやるしかないのよ。王子を連れ出して気絶させたのよ。こんなのバレたら処刑されるわよ」
「任せてくれ。俺には考えがある。赤い花の季節はまだ数日ほど続く。この間にまた元の身体に入れ替わればいい。それなら、マイラも許してくれるよな?」
「どういうこと?」
「細かく説明している暇はない。後で話すから……」
そして、ジョシュアは王子の上半身を抱きかかえて唇を近づけようとすると、鳥がジョシュアの頭を襲った。
やだ。何なのよ。まるで目隠しでもするようにジョシュアの顔に被さり、ジョシュアを攻撃している。
「うわっ!」
ジョシュアがめんくらって王子の顔から手を離して尻餅をついたのだ。
王子の寝顔に鳥がスッと静かに止まろうとする。
「余が王になる。余を称えよ」
仰向けになっている王子の顎先に乗って王子の唇を突こうとする。その瞬間、ジョシュアが叫んだ。
「従者が来る! 早く何とかしないと間に合わないぞ!」
森の向こうから、王子の姿を探す従者たちの声が届いた。私はザーッと青褪める。
どうやら、時間切れのようだ。
王子は巨漢ではないけれど背が高い方である。気絶している身体を担いで移動させるのは大変なのだ。
「ふうっ、やれやれ。王子の従者達に気付かれることなく、女神の森の樹の下に連れ出す事に成功したぜ。マイラ達のおかげで助かったな」
私とチェルシーの会話を聞いていたので、咄嗟にジョシュアは計略を練ったのよね。
『二人が、駆け落ちしてしようとしています。どうやら、密やかに愛し合う関係のようです』
そうやって煽ったおかげで王子だけを連れて来ることに成功したという。女同士で睦みあう関係だなんてことを家臣たちに知られたら末代までの恥となるので、従者には秘密でここにいるのね。
ジョシュアは自分が王子になることを決めているみたいだ。ケイテイもその案に賛成している。
「さてと、マイラ達も元に戻ったことだし、次は俺だよな……」
ジョシュアが、失神している王子を仰向けにして顔を近付けようとする。
駄目よ! 私は、ジョシュアの腕を引っ張って訴えた。
「馬鹿なことはしないで!」
「馬鹿だな。おまえとチェルシーが国外に出るよりは、うんとマシじゃないか!」
「一時的に出るだけよ! ほとぼりが冷めたら帰ってくるつもりよ」
「それなら俺もそうだよ。いずれ、元の自分に戻るから心配するな。十二年後に帰って来るさ」
しかし、その時、樹の周囲にいた七色の鳥がバタバタと暴れながら叫んだ。
『余が王になる! 余が王になる!』
あれは、あの時、王の鳥篭から逃げた鳥だ。何だか、興奮しているように見える。
他の鳥は樹の頂上付近にいる。それなのに、一匹だけが我々の周囲を忙しなく飛び回っている。
『余は王であるぞ!』
ヒステリックな叫び声は悲痛であると同時に滑稽だった。
「あら、何なのよ、この鳥、うるさいわね」
ケイティが鳥を見上げている。鬱陶しそうに手を振り無和して追い払おうとしている。
「うるさいわね。捕まえて焼き鳥にしてやる! チェルシー、あんたも手伝うのよ!」
姉妹は鳥を手で捕らえようと追いかけた。しかし、鳥は、二人を翻弄するかのように飛び回っている。私は、ジョシュアに対して責める様に尋ねた。
「ねぇ、王子になってどうするって言うの? あなたが、そんなに野心家だったとは知らなかったわ。そんなに権力が欲しいの?」
すると、ジョシュアが苦笑した。
「いや、権力の座なんて欲しくない。俺が欲しいのは、ごく普通の穏やかな生活だよ」
その囁きは、どこか胸の痛みを感じさせるものだった。彼は、自分自身の弱さを見せることを極端に嫌う側面がある。無理して強がるところがあるのだ。今のジョシュアはまさにそんな感じ。ジョシュアの微妙な心模様が私には分かるのだ。
「ねぇ、無理はしないで……」
「いや、一度は王子になる必要があるんだよ。ケイティ達の生活の基盤を整えておきたいとずっと思っていた。二人には幸せになってもらいたい」
「あら、やだ! ジョシュアったら、そんなことを思っていたの! 案外、いい子だったのね」
ケイティが鳥を追っかけながら叫んでいる。
「従者達に、こんな場面を見られたら大変よ。いいから、とっとと、入れ替わってちょうだい」
「何てことを言うのよ! ケイティ、マイラの気持ちも考えてよ!」
「えーっ、何、聞えない!」
ケイティは鳥に翻弄されて樹の周囲をグルグルと走り続けている。
ふと、ケイティが真顔になった。
[そうだ。あたしが、王子と入れ替わればいいかもしれない。 それなら誰も困らないじゃない」
私は、あんぐりと口を開けた。それだけは止めてちょうだい。そんなことをしたら国が滅びちゃうじゃない!
しかし、ケイティは、気絶している王子の口元をじっと見下ろして顔を近づけようとしている。私とジョシュアがケイティを制止した。
「やめて、ケイティ! 早まらないで!」
「嫌だ! おまえだけはやめてくれ!」
ジョシュアが、ケイティのことを羽交い絞めにしている。でも、困ったことに、ケイティの決意は固い。首を突き出して、強引に王子に口付けしようとしてウーッと唸っている。
『余が王になる! 余が王となる!』
鳥が、頭上でクルクルと旋回している。せわしなく喋り続けている。バタバタと、騒ぎ続けている。実に姦しい。
『余が王となる!』
王子にそっくりの声なのよ。微妙なアクセントの癖も完璧に模倣している。王子は、戴冠式のリハーサルをさんざんやったのかもしれない。
「うるさいわね! この馬鹿鳥! おだまりなさい!」
ケイティがキーっと鳥を睨みつけている。すると、鳥はケイティの髪飾りを突付いた。
「もうやるしかないのよ。王子を連れ出して気絶させたのよ。こんなのバレたら処刑されるわよ」
「任せてくれ。俺には考えがある。赤い花の季節はまだ数日ほど続く。この間にまた元の身体に入れ替わればいい。それなら、マイラも許してくれるよな?」
「どういうこと?」
「細かく説明している暇はない。後で話すから……」
そして、ジョシュアは王子の上半身を抱きかかえて唇を近づけようとすると、鳥がジョシュアの頭を襲った。
やだ。何なのよ。まるで目隠しでもするようにジョシュアの顔に被さり、ジョシュアを攻撃している。
「うわっ!」
ジョシュアがめんくらって王子の顔から手を離して尻餅をついたのだ。
王子の寝顔に鳥がスッと静かに止まろうとする。
「余が王になる。余を称えよ」
仰向けになっている王子の顎先に乗って王子の唇を突こうとする。その瞬間、ジョシュアが叫んだ。
「従者が来る! 早く何とかしないと間に合わないぞ!」
森の向こうから、王子の姿を探す従者たちの声が届いた。私はザーッと青褪める。
どうやら、時間切れのようだ。