花咲く森のから騒ぎ

8

 アンは自分の部屋へと戻っている。その後、私は、部屋の中をうろうろと歩き回って考え込んだ。

 大変だわ。エリザベスの刺客って誰なの? どこに潜んでいるのよ?

 私は、ジョシュアと顔を見合わせて眉根を寄せる。

「どうすればいいのかしら? チェルシーとケイティは森にいるのよね? 早く迎えに行かないと……」

「マイラ、今は森に隠しておく方がいい。赤い森にはアルベールの亡霊が出るという噂も流れている。余程のことがない限り、彼等が森の奥に踏み込むことはない。そういう意味で、あそこはいい隠れ場所だ」

「だけど、いつまでも隠れている訳にはいかないわよ」

「刺客を見つけよう。今のところ、ここにいる王子の警護の者達のことは信頼できる。あいつらが刺客ならば、もうとっくの昔に、チェルシーを殺している。厩舎の者や庭師。あるいは調理人や周辺の農夫。そういった人達の中に裏切り者が潜んでいるのかもしれないな」

 ジョシュアは、腕組みをしたまま、あれこれと考えている。

「アルベール公爵は、十二年前、領地を没収されてしまった。その後、アルベール公爵の領地の半分が大司教に与えられた。その大司教っていうのがエリザベスの叔父さんだ。普通に考えて、エリザベスは親戚のおっさんに依頼するに決まってる」

 大司教は、アルベール公爵が謀反を起こしたことを密告した張本人なのだ。当時、王は、アルベール夫人に横恋慕していた。大司教は領地を新たに手に入れたがっていた。だから、二人とも公爵を疎ましく思っていた。

「謀反の証拠となった手紙なんて、いくらでも偽造できるぜ」

 大司教は嫌な野郎だ。農民達から搾り取ることしか考えていない。ちなみに、私の住む村を含む、あと半分の領地はイヴォンヌ様の持ち物となったおかげで、厳しく税を取り立てられることはなかった。

 そう、私達は運がいい……。

「やはり、大司教っていうのがやばいよなぁ。チェルシーを殺そうとした黒幕として裁判にかけたところで罪にもならないかもしれないぜ」

 ジョシュアの言いたいことはよく分かる。

 大司教の悪い噂はよく耳にしている。大司教は農園の小作人の娘に不埒な真似をしようとしたことがあるのだ。抵抗した娘は牢屋に入れられてしまっている。

そういう卑劣な大司教を相手に、こちらはどう対処すればいいの? 

「俺は敵情視察をしてみるよ」

「でも、招かれてもいないのに大司教の邸宅に行くのも変じゃないかしら」

「街からここに来る途中、村の橋が壊れそうになっていたんだ。ここは大司祭の領地だ。別荘から王都に帰る際に王子は橋を渡らなければならない。だから、橋を修繕するように言ってやる」

 道の整備は、その領土を治めている者の義務。そのために、貴族や聖職者は村人から税を集めているのよ。実際には、道路の整備なんかするよりも酒や女遊びに金を費やすために血税を搾り取っているんだけどね。

 私は、町に行く度に色んなキナ臭い噂を耳にしている。

 大司教が支配するようになってからは領民の貧しさが加速している。盗みを行う者も増えている。

「子供にパンを食べさせることが出来なくて、仕方なく盗みをはたらいた父親は、たった一切れのパンのためにガレー船に送られてしまうのよ」

 ああ、やだやだ。

「なんとかしてあげたいけど、どうしようもないわ」

 しかし、ジョシュアは茶目っ気たっぷりに言ったのだ。

「今なら出来るぜ。王子の恩赦とやらで、全員、景気良く救ってやればいいのさ。どんどんやっちまえよ!」

「ジョシュア! あなたって本当に頭がいいわね!」

 そうね。せっかく王子になったんだもの。改革してみようじゃないの。ズンズンと心の中でやる気が漲ってきた。今しか出来ないことをやってやるわ。

「そうよね! 今なら無実の罪で苦しむ人達を救えるわね!」

 窮地に追い込まれたが故に、逆に、テンションが高くなったわ。

「ついでに、この別荘にある銀食器を売り払って貧救院に寄付しようっと! 後は野となれ山となれだわ!」

そう決した私は、さっそく馬に跨り颯爽と行動に移す事にしたのだった。

    ☆


 翌日の早朝、私は王子として監獄に向かったのだが、もちろん、周囲は動揺していた。そりゃそうよね。突飛な行動だものね。

「ウイリアム王子様! なぜ、このようなところに!」

 王族が、こういった場所に来ることは滅多にないんでしょうね。監獄の長官が驚くのも当然だわ。しかし、私は、澄ました顔で朗々と告げていく。

「余は、次期王として政務を果たす為に、こうやって市場や宿屋など隠密に監査しておるのだよ。今すぐ監獄内を案内いたせ!」

 もちろん、私も監獄に来たのは生まれて初めてなんだけど悪臭に鼻がもげそうになっていた。

 人間の尊厳というものが踏みにじられている。家畜小屋よりも不潔だわ。

 劣悪な環境に驚くと同時に哀しくなってきたわ。ここには窓がない。窓を作ると窓税とやらを払わなければならないので作っていない。

 王家に払う税、教区の聖職者に払う税、塩の税、橋の通行税、そして、窓にまで税がかかる。

 蝋燭の明かりが欲しい者は、蝋燭代を看守に払わなければならない。もちろん、食費も囚人達が払う。そもそも、貧乏で何も食えないで盗みを働くような者が食事代を払える訳か無い。

 私は従者に命じて食料を運ばせた。

「お、王子様! なにゆえ、卑しい囚人にパンや肉を配るのでございますか!」

 監獄の所長は目を丸くしているけれど知ったことじゃない。口から出任せを言ってやる。

「余は、昨夜、神の啓示を受けたのだ! 哀れな者達に恵みを与えよと神か申されたのだ!」

「ま、まことでございますか!」

「ここの囚人達のリストを余に見せるのだ!」

 当たり前だが、ここには本物の悪党も大勢いる。酒場で呑んだくれ、酔った勢いで人を殺した奴や追い剥ぎの常習犯といった奴らは救ったりしないわ。そういう人は末永く監獄にいてもらわないと困るものね。

 貧しさゆえにうっかり盗みを働いた者や、税を納めることが出来ない為に投獄された農夫などは解放してやることにする。私生児を産んだという理由で投獄された女性も出してあげなければならない。

 監獄にはベッドがない。ベッドが欲しいならば看守に金を払って借りるしかない。あちらこちらから、咳き込む声や陰鬱なうなり声が聞こえてくる。ここでは、ちょっとした風邪もあっという間に広がるし、栄養が不足しているからすぐに命を落としてしまうのよ。

「神はお怒りだ! この環境が悪いと神が申されておる監獄病が広がるのもそのためであろう! 今すぐ掃除をするのだ! 囚人達の衣服も支給せよ! 余が、すべて支払う!そして、余の権限で恩赦を行なう」

 結局、四十人の囚人を解放したのである。

 もちろん、その中には大司教に手篭めになりそうになり逆らったローザもいる。彼女は、なんと三ヶ月も投獄されていたのである。そのせいで、美しい金色の髪が薄汚れてしまっている。しかも、ギスギスに痩せてしまい頬がこけていたのだ。

「王子様!」

 釈放の報せを聞いたローザは獄舎の中から俺に手を伸ばしてハラハラと涙をこぼしている。これまでの生活がよほど辛かったに違いない。

「王子様! どうか、その、高潔なお手に触れさせてくださいまし……」

 王族の手に触れると、様々な病が治ると言われている。

 その真意はともかく、とにかく、ローザは王子に感謝したくて手を握っているのだろう。

「うむ、分かった」

 私がその手を差し出すと、ロザリーは、跪いたままの格好で私の手の甲に唇を寄せてから、よよっと感極まったように嗚咽した。

 世の中には、いろんな理不尽なことや悲しいことで溢れている。出来ることなら、すべてを改善したい。けれども、ここまでが、『偽の王子』としてやれる限界だわ。

 そのことを自覚した瞬間、ちょっと胸の奥がキュンと軋んでしまう。

 そろそろ帰ろうかしら……。もうすぐ日が暮れるわね。従者も、わたしに付き添う事に疲れちゃっているわ。

 ということで、監獄から出ようとした時だった。厩舎の前で馬具を装着しようとしていると、牢獄から開放された密猟者のハンスという男が、おずおずと近寄ってきたのである。

「なんじゃ?」

 お礼を言うつもりなのだろうか。しかし、それにしては表情が暗い。ハンスという男は、少しためらうように黙り込んでから、こんなことを言った。

「ウイリアム王子様……。ありがとうございます。皆、あなた様に感謝しております。これ以上、王子様にお願いするのは心苦しいのですが、ぜひとも救っていただきたい者がおります」

 少し離れたところに数人の元囚人が立っていた。彼等を代表して、ハンスが私に嘆願しに来たようなのだ。

「実は、ジョナサンという孤児が今日の夕方に広場で処刑されることになっているのでございます」

「なぬ、孤児だと?」

「へぇ、そうでございます。ジョナサンというのは十一歳の子供です。しかし、ジョナサンは、塩の密輸をしたせいで厳しく罰せられることになりました」

「塩の密輸……」

 ああ、よく聞く話だわ。

 我が国では、王立の製塩所以外の塩を購入してはいけないという法律がある。今から百年ほど前に制定されたのだ。外国との戦争による戦費が足りなくなった際に強引に作り出した悪法とされている。海岸地帯の者も、塩を自分たちで作ることが出来ないのである。

 王立の製塩所で作られた塩は混ぜ物が多くて品質が悪い。それでも、国民はそれを買わなければならない。肉や魚を保存するには大量の塩を必要とする。それ以外にも、塩は人間の営みにとってなくてはならないものなのだから、隣国から安くて質のいい塩をこっそり持ち込む為に、妊婦のフリをして塩の塊を抱えて歩く婦人もいる。

 ハンスたちの話によると、ジョナサンという少年は何度も政府の役人に捕らえられそうになりながら懸命に塩を運んでいたそうなのだ。薄い氷が張った川を渡れるのは、小さな子供に限られている。

 橋や船を使うことなく役人の目をかいくぐって少しずつ塩を運ぶ少年を村人達は待ちわびていたという。

「ジョナサンは悪い子ではないのです。法律を破ることは悪いことなのかもしれません。けれど、その法律に大きな問題がある場合、庶民は工夫して生き抜くしかないのです。人間は、塩なしじゃ生きていけません」

 ちなみに、ハンスを密猟者として密告したのは毛皮商人の男のようである。毛皮の取引の値段で揉めた際にハンスを密猟者だと判事に告げたという。

ハンスは真剣な顔で私に訴えかけている。

「王子様……。塩の掟は、あなた様が作った法ではありません。ですから、あなた様を責めている訳ではないのです。税を納める大切さも分かっております。しかし、貴族や役人どもが、塩を転売して儲けています。あいつらこそ、正真正銘の逆賊です。王家を欺く悪党なのです」

「うむ。なるほど……。そなた達の言いたいことは分かるぞ。まったく、その通りだな。あやつらを懲らしめてやらねばなるまい」

 そうよね。暴利を貪る商人や貴族にはムカつくわ。私も、庶民のはしくれだから、あなた達のことは分かるわよ。

「しかし、そのジョナサンという少年は監獄に収監されていないようだったぞ。どういうことなのだ?」

 リストにはそういう名前の子はいなかった。監獄の中で、幼い子を見かけた記憶もない。見かけたら、私は真っ先に救っていたわ。

 すると、ハンスは切羽詰ったように声を軋ませている。

「今朝、あいつは死刑執行人の館に連れて行かれちまったんですよ! 明日、日が暮れる頃に処刑されるんです! 死刑になる奴は死刑執行人の手によって、全身を清められてから殺されることになっているのです」

「死刑執行人の館だと!」

 むむっ、これはまずいわ。

 確か……。貴族や王族といった身分の高い者たちは首を斬られるのだが、庶民は絞首刑になるのよね。刑の執行は、たいてい、村の人達が見ている前で行われることになっている。

 今なら間に合う! 私は葦毛の馬にまたがり死刑執行人のもとへと向かった。

 恩赦よ! そうよ、王子である私が恩赦を発令してしまえばいいのよ。

しかし、そうはいかないようなのだ。死刑執行人のランドールという中年の男が悲しげに首を振ったのである。

「王子様、死刑を中止するには正式な書類を発行していただかなければなりません」

「おおっ、そうか。分かったぞ! それならば今すぐ書くとしよう! ペンをよこせ!」

「お言葉ですが、それには議会の承認の印が必要なのでございます」

 死刑執行人のランドールという男は不思議な雰囲気の男である。

 死刑執行人の職業は親から子へと受け継がれていくものなのだ。

 死体を切り刻んだり、罪人の拷問に立ち会ったりしているうちに、人間の身体に関して詳しくなった彼等は、いつからか、薬師として町の人達に奉仕するようになっていた。死刑執行人の館では、いつも、大勢の怪我人や病人が大勢集まっている。医療費はいらなかった。死刑執行人は、貧しい者達を無料で診察しているのだ。

 大柄で顔もズッシリと四角い。全体の雰囲気は知的で物静かだった。死刑執行人の息子達は身分を隠して大学に通っている。畏怖の対象となるからだ。

 以前、ジョシュア(中身はチェルシー)が、人さらいに連れ去られそうになった時に、私は転んで傷を負った。あの時に診察してくれたのがランドールなのだ。

 まさか、こんな形で再会するとは……。

「議会の承認を得るには王子は王都に戻らねばなりません。早馬を使っても間に合いませんよ」

 哀れな少年に恩赦を与える事は、たいして難しくない。議会も簡単に書類にサインしてくれるような気がするのだが……。生憎、時間がないようである。

「い、いや、しかし、余は、明日の早朝に行われる死刑を止めたいのじゃ。何とか執行しないで待っていてくれないだろうか」

「恐れながら申し上げます。無理なことでございます。わたくしは、規則通りに日時を守って仕事をする義務があります。どんなに理不尽なことであろうともやってまいりました。わたくしの父も祖父も、ずっとそうやって生きてきたのでございます」

 そう告げるランドールの表情は哀しげに揺らめいている。

 彼は、感情をほとんど見せないのだが、多分、この人も、ジョナサンを処刑したくないのね。

 でも、執行人は法を厳守しなければならない。ランドールがゆっくりと告げた。

「司法長官は、あの少年を規則通りに厳罰に処することを願っております。見せしめにしたいのでしょう」

「そうだな。密輸は重罪となっておるからな」
 
 王子だという立場を忘れたまま、私は憤っていた。

「悪いのはジョナサンではないのだ。あんな悪法など無くなれば良いのだが……」

「王子様、本気でそうお考えになるなら、あなたが王位についた際には、ぜひとも改善なさってくださいまし。お願い致します。しかし、今回の処刑に関しては決まったことでございます」

 ランドールはそう言って居間の椅子から立ち上がろうとした。

「王子様、わたくしは、そろそろ処刑の準備にかからなければなりません。これから、地下室にて部下たちに細かい指示をいたしますので……」

「ま、ま、待ってくれーー!」

 私は、何とかこの状況を打開したかった。追いすがるように言う。

「ランドール! 諦めてはならぬぞ。過去に死刑を引き伸ばした例はないのか! も、もしも、そういったことがあったのならば余に教えてくれないか!」

「わたくしが知る限り、過去に同じように死刑を引き伸ばそうとした貴人がおられました。その方は、もうこの世にはおられません。賢い方でした。その人は、無実の罪をきせられた異教徒の親子を救おうとしておられました……」

 懐かしそうに、どこか遠くを見つめながらランドールが西の空を指差している。

「その方は、ある日、鳥になってしまったのです」

「お、おい、おまえ、その方とは一体誰のことなのだ?」

 彼の言っている事が分からなかった。

「な、なんじゃ! ハッキリと名を申せ!」

「もちろん、それは前領主のアルベール公爵様でございます。あの方は、わたくしに言ったのです。死んでしまった者のことは処刑できないと……。だから先に殺せと告げられました」

 私は、ポカンと口を開けていく。な、なんなの? どういうこと?

「ここだけの秘密でございます。実は、処刑の数日前、疫病で死んだことにしたのでございます。その頃、天然痘が流行っていましたので、突然の死に関して誰も疑う者はおりませんでした。今から二十年前、この辺りは死体で溢れていましたから、死刑囚の親子は棺桶に入れて外へと運び出すことが出来たのです。異教徒であることが幸いしました。その異教徒は海辺に遺体を流す習慣がありましたので、親子を船に乗せて国外へと逃がすことが出来たのです」

「ほう、なんと! それはすごいな……」

 私は、喉元をゴクンと鳴らした。上ずった声で尋ねた。

「そ、それを、アルベール公爵が考えたと申すのか?」

「はい、そうです。無実の親子を救うことに成功したのでございます。しかし、今回は、そういう訳にもいきません」

「むむっ、それはなぜなのだ?」

「あの少年は異教徒でもありません。それに、今にも死にそうな様子でもありません。仮に、急病による死を装うことに成功したとしても、棺桶は共同墓地に運ばれていきます。司教の部下たちは、棺桶の板を外して薪にしているそうですから、生きた少年を中に入れたなら、すぐに見つかってしまいます」

「……うっ。では、一体、どうすればいいのだ!」

「王子のお知恵を拝借したいと思っております」

 どうしよう! 私には無理だ。

「余は何も浮かばぬ。おまえが何とかしてくれ。頼む! あと数日、引き伸ばしてくれたならいいのだ。議会に書類を送るまでの時間稼ぎをしてはくれないか! 死刑執行が中止された例は他にないのか! 例えば、嵐や雷のせいで延期されたとか、そういう出来事が過去に何かなかったのか!」

「……特例も、もちろんございました」

 ランドールが、低い声で静かに告げた。

「わたくしの祖父から聞いた話でございます。祖父が、血を吐いて倒れた日は行われませんでした。その翌日、祖父は死んだそうです。結局、処刑は、祖父の葬儀の翌日、跡継ぎである父が行ったと聞いております」

「いや、しかし、おまえが死ぬ訳にはいかないぞ」

「もちろんでございます。わたくしの息子は王都の大学に通っております。まだ執行人として未熟でございます。わたくしもまだ死にたくはありません」

 ランドールの眼差しが変わっている。淡々とした表情の中に決意の光が宿ったように見えるわ。

「死刑執行人というのは希少な存在なのでございます。わたくしの代わりは、この町に誰もいないのです。むろん、隣町まで行けば他の執行人がおりますが、その者が代理を勤めるにも王都の役人による手続きが必要です」

「あっ……」

 時間稼ぎ。

 そうだわ! ほんの少し、このランドール自身が倒れて動けない状況を作り出せばいいのだ。

「ランドール、すまないが、しばらくの間、病気になってはくれないか? 仮病でもいいのだ。動けないフリをしてくれないだろうか?」

「うちの使用人や部下達は薬事に詳しいのです。仮病は見破られてしまいます。ですから、生半可なことは出来ません」

 ランドールは引き出しの中から小さな小瓶を取り出すと覚悟を決めたように呟いた。

「盲目になる毒でございます。毒蜘蛛から抽出したものです。数日間、目が見えなくなります。運悪く蜘蛛に刺されて倒れたことにしましょう」

「ランドール! 本当にいいのか!」

 自分の身体を犠牲にしてまで、少年を救ってくれるのね、思わず涙ぐみそうになった。

「そなたの身体は大丈夫なのか! 後遺症が残ったりしないのか!」

「数回ならば平気です。わたくしが寝込んでいる間に、必ず、あの少年を救う努力をすると誓ってくださいませ」

「もちろんだ! 約束する!」

 何があろうと承諾させてみせる。いや、それだけじゃない。出来ることなら、悪い法律のすべてを改革するように呼びかけたい。

「余は、そなたの厚意に感謝する。、余は精一杯のことをするつもりである」

私の意気込みが彼らにも伝わったのだろうか。

 死刑執行人のランドールは、灰色の瞳を優しく細めながら、大きく頷いたのだった。

「あなた様のような方が、未来の王となられるとは実に心強いことです。まことに嬉しい限りでございます」

 その言葉が胸に染みる。
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