花咲く森のから騒ぎ
「ひっく、ひっく。そ、そんなこと言っても嫌よ。あたし、女の子なんだもん。信じて。あたしはチェルシーなのよ!  信じてよ!」

「僕は分かってるさ。もう、泣くな」

 二人は互いに見つめあうとハグしていたのである。

 あれから十二年が過ぎている。残念な事に、三年前、叔母夫婦の馬車が崖から転落して死んでしまっている。それからは長女のケイテイが家長として商売を引き継いで、チェルシーが広報や経理をしている。

 しかし、本当に、ジョシュアとチェルシーか入れ替わっていて元に戻ったのだとしたら良い事のように思えるのだが、そうはいかないようである。

      ☆
「マイラ!」
 
 過去についてツラツラと思い返しているとケイティがヒステリックに告げた。
 
「あんたもいらっしゃいよ! チェルシーと、あんたの今後について一緒に話し合いましょう!」

 実は、生前の叔母は私の面倒も見るつもりでいるたのである。

『マイラ、うちに来て暮らさない? チェルシーもケイティも、あなたのこと心配しているのよ』

 何度か、そんなことを言われたけれど、私は都会で暮らしたくないからここにいる。

 ケイティは、若い娘がこんな辺鄙な所に一人で住むべきではないと思っているので、私を説得する気で別荘に呼んだのだろう。

 チェルシーとケイティは二頭立ての馬車に乗って前を進んでいる。

 私も一緒に馬車に乗るように言われたけれど断ったのだ。

 ケイテイ達の姉妹喧嘩のキンキンした言い争いを聞きたくないんだもの。

 それに、久しぶりに会ったジョシュアの近況も知りたいのて、ジョシュアの愛馬に一緒に乗ることにした。

「マイラ、ちゃんとつかまっていろよ」

 彼の腰に手をまわしながらも妙な気分になる。ジョシュアって、こんなに肩幅が広かったかしら? こんなリーダーシップをとるような人だったかしら。

 おばぁちゃんのことを、『ばばぁ』と呼んでいた時のジョシュアに戻ったみたいに見える。

「マイラと乗馬するなんて久しぶりだな。おまえの黒髪は艶々していて綺麗だな」

「ありがとう。そんなこと言ってくれるのは、あなただけよ」

「マイラ……」

 私に対して、彼は、何か言いたげに振り向こうとしたけれど、その時、前方にお屋敷の門柱が見えてきた。私は、思わず目を輝かせて道の向こうの景色を指差した。

「お花が満開ね! 綺麗ね!」

 アルベール公爵の御屋敷に今は誰も住んでいない。季節を彩る花々が見事に咲き誇っている。私達は、ちょうど柵沿いの小路を進んでいたのだ。ジョシュアが言った。

「公爵様の屋敷を見ようぜ」

 私は近くに住んでいるけど中に入ったことはない。管理人に見学料を払えば一階のギャラリーを見せてくれるという。王都の宮殿も、たまに民衆に公開しているらしい。といっても、入館料を払わなければならないらしい。

 でも、私は、そういう事にお金を使った事がない。

 勿忘草。それが、アルベール家の紋章である。正面玄関から貴族の館に入るなんて想像したこともなかった。しかし、ジョシュアは何度かここに来ているらしい。

「ここのギャラリーに素敵な絵があるんだよ」 

 ジョシュアに手を引かれて玄関ホールを歩いている。私は、大理石の床や煌びやかなシャンデリアに目を奪われた。すごいわ。窓も大きい。

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