花咲く森のから騒ぎ
9
という訳で、死刑執行人の突然の事故により、死刑の執行は中止されたのである。
『おいおい、明日の処刑は中止だとよ!』
『なんでだよ』
『ランドールが倒れたらしいんだよ。これじゃ無理だな』
騒がしい広場の前を馬で通過すると、そんな声が飛び交っていたのである。従者を連れて移動する間、私は、ホッと胸を押さえたまま安堵していた。
その後、王子の別荘に戻ったところ、ジョシュアが、早速、いろいろと報告してくれたのだ。
「マイラ、偵察してきたぜ。あの館は悪趣味なもので溢れていていたよ。あいつ、どんだけ金を溜めているんだよ」
ジョシュアの話によると、大司教は橋の修繕の話をした途端に機嫌が悪くなってしまったらしい。お金を使うことが嫌でしょうがないのだ。
「貯めているくせに、そんな余裕なんぞないって言いやがる! 王子の馬車が通れなくなると困るって告げたら、向こうから探ってきたよ。王子は、こんな田舎で寂しくないのか……ってな。話し相手になる御婦人でもいるのかって聞かれたよ」
「ねぇ、それで、なんて言ったの?」
「王子は、御婦人に興味はないってそう言ってやったのさ」
「ジョシュアったら、なんてことを言うのよ!」
「いや、つまり、王子の相手は、この俺だとアピールしてやろうと思ったんだよ。そしたら、狙われるのは俺ってことになるだろう? だけど、うまくいかなかった。王子が懇意にしている商人の娘を日曜に礼拝に連れて来いって言いやがる」
「行かせないわよ。誰が、そんな所に大事な従妹達を行かせるもんですか!」
「大司教は、王子のことをちゃんと調べている。間者を、この別荘に何人か送り込んでいるようだ」
ジョシュアは、長椅子の背にもたれたまま、疲れたようにフーっと長いため息をついている。
刺客は、いつ、どのようにして現れるのだろう。私は、犯人の立場になって考えることにした。
「王子が、チェルシーの近くにいる間は、あいつらも手を出せないわ。王子の護衛がいるもの」
「エリザベスとしても、王子が危険な目に合うと困るはずさ。だから、王子がいる場面での襲撃は出来る限り避けたいはずだ」
「じゃぁ、チェルシーが王子と離れて無防備な状態になったら襲うのね」
「まあな。俺が刺客ならばきっとそうするな」
「わたし、思いついたのよ。監獄から出してもらった密猟者達は王子に感謝しているみたいよ。だから、密猟者に応援を頼むというのはどうかしら?」
彼等は追撃や狙撃のプロだ。
「いいアイデアだな」
「実はね、ハンスという弓の名人がいるのよ。とても腕がいいの。彼に、怪しい余所者をみかけたら尾行してもらうように頼むわ」
よし、これでいいとして。私は王子としてやるべきことがある。
「あっ、そうだわ。塩の密輸の罪で捕まった少年を救うために書類を書かなくてはいけないのよ。王子らしい文を書いてくれる?」
「ああ、手伝うぜ」
ジョシュアは、王子の筆跡を真似して流麗な文章を綴っている。ペンを走らせながら、ジョシュアが言った。
「俺がチェルシーになって刺客を誘き出す事にするよ」
わざと人けが少ないところを歩いて、無防備な状態になったところに刺客が現れるように仕向ける作戦だというのだが、相手が大人数だった場合、対処することが難しいので、どこをどう歩くか、慎重に作戦を立てなければならない。
「死なないように気をつけてね。あなたが死んだらチェルシーは、一生、自分の身体に戻れなくなっちゃうのよ」
「そうだな。俺も、リスクが大きいことはちゃんと分かっているさ」
それでも、やるしかないのよね。あっちから仕掛けられる前に仕留めてやるわ。
「それにしても、ローザという女性は気の毒だよな、大司教の愛人になるくらいなら監獄に入る方がマシだと思ったんだな」
そんな事を言い合っていた時、王子である私の元に監獄の看守からの手紙が届いたのだ。
「王子様、どうぞ」
銀の盆に載った封筒を受け取り、何かしらと思って読んでみると、その内容はこうだった。
差出人は役所の下級書記官。
『怖れながら申し上げます。盗みや税の滞納といったことは治安判事の管轄なので王子の御意思を尊重するとおっしゃいました。しかし、魔女に関しては王子の意向には添えないと大司教様が申されています。ですから、ローザは再び牢獄に戻りました』
手紙を読み終えた私は怒りに燃えていた。くそーっ、なんなのよ! ロ-ザを魔女扱いするなんて許せない。
王子といえども、宗教裁判には口を出すなということなのね!
私は眉間にシワを寄せて唇を噛み締める。
「今すぐにでも、大司祭を殴ってやりたいわ。執念深い男ね」
「あいつ、えぐい性格をしているな」
「大司教を敵にまわすとやっかいね。私とジョシュアと密猟者数人だけで対抗するのは難しいかもしれないわね」
「クソッ。どうすりゃいいのかな。同志がいればいいんだけどな。あっ、そうだ。いたぞ! ひとり、心当たりがあるぜ」
言っている途中でジョシュアがパッと目を輝かせた。何かひらめいたのか心地よさそうに呟いている。
「そうだよ。利用しない手はないぜ。権力者には権力を持って対抗するんだよ! あいつらを懲らしめてやるのさ! 目には目を悪には悪知恵を!」
「いい策でもみつかったの?」
ポカンとしていると、ジュシュアがニヤッと笑った。
「ちょっとした罠を仕掛けたんだよ。それには、アン様にも協力してもらわなくちゃならないけどな。きっと快く賛成してくれるぜ! マイラ、ちょっと耳を貸せよ」
「ん……?」
ポカンとしている私に顔を寄せて耳打ちしてきた。ふむふむ。なるほど。それは、確かに名案だわ。一か八か……。やってみるだけの価値はあるだろう。
「よし、それじゃ、やるか!」
「そうね。やりましょう」
こうして、綿密な計画を立てた私達は燃えていた。この先、どう転ぶか分からない。ちょっとした賭けのようなものだった。
失敗すると、とんでもない犠牲をはらうことになる。、
私は、神様に祈らずにはいられなかった。これには、みんなの運命がかかっているんだもの。
無事成功することを祈るばかりだわ……。
『おいおい、明日の処刑は中止だとよ!』
『なんでだよ』
『ランドールが倒れたらしいんだよ。これじゃ無理だな』
騒がしい広場の前を馬で通過すると、そんな声が飛び交っていたのである。従者を連れて移動する間、私は、ホッと胸を押さえたまま安堵していた。
その後、王子の別荘に戻ったところ、ジョシュアが、早速、いろいろと報告してくれたのだ。
「マイラ、偵察してきたぜ。あの館は悪趣味なもので溢れていていたよ。あいつ、どんだけ金を溜めているんだよ」
ジョシュアの話によると、大司教は橋の修繕の話をした途端に機嫌が悪くなってしまったらしい。お金を使うことが嫌でしょうがないのだ。
「貯めているくせに、そんな余裕なんぞないって言いやがる! 王子の馬車が通れなくなると困るって告げたら、向こうから探ってきたよ。王子は、こんな田舎で寂しくないのか……ってな。話し相手になる御婦人でもいるのかって聞かれたよ」
「ねぇ、それで、なんて言ったの?」
「王子は、御婦人に興味はないってそう言ってやったのさ」
「ジョシュアったら、なんてことを言うのよ!」
「いや、つまり、王子の相手は、この俺だとアピールしてやろうと思ったんだよ。そしたら、狙われるのは俺ってことになるだろう? だけど、うまくいかなかった。王子が懇意にしている商人の娘を日曜に礼拝に連れて来いって言いやがる」
「行かせないわよ。誰が、そんな所に大事な従妹達を行かせるもんですか!」
「大司教は、王子のことをちゃんと調べている。間者を、この別荘に何人か送り込んでいるようだ」
ジョシュアは、長椅子の背にもたれたまま、疲れたようにフーっと長いため息をついている。
刺客は、いつ、どのようにして現れるのだろう。私は、犯人の立場になって考えることにした。
「王子が、チェルシーの近くにいる間は、あいつらも手を出せないわ。王子の護衛がいるもの」
「エリザベスとしても、王子が危険な目に合うと困るはずさ。だから、王子がいる場面での襲撃は出来る限り避けたいはずだ」
「じゃぁ、チェルシーが王子と離れて無防備な状態になったら襲うのね」
「まあな。俺が刺客ならばきっとそうするな」
「わたし、思いついたのよ。監獄から出してもらった密猟者達は王子に感謝しているみたいよ。だから、密猟者に応援を頼むというのはどうかしら?」
彼等は追撃や狙撃のプロだ。
「いいアイデアだな」
「実はね、ハンスという弓の名人がいるのよ。とても腕がいいの。彼に、怪しい余所者をみかけたら尾行してもらうように頼むわ」
よし、これでいいとして。私は王子としてやるべきことがある。
「あっ、そうだわ。塩の密輸の罪で捕まった少年を救うために書類を書かなくてはいけないのよ。王子らしい文を書いてくれる?」
「ああ、手伝うぜ」
ジョシュアは、王子の筆跡を真似して流麗な文章を綴っている。ペンを走らせながら、ジョシュアが言った。
「俺がチェルシーになって刺客を誘き出す事にするよ」
わざと人けが少ないところを歩いて、無防備な状態になったところに刺客が現れるように仕向ける作戦だというのだが、相手が大人数だった場合、対処することが難しいので、どこをどう歩くか、慎重に作戦を立てなければならない。
「死なないように気をつけてね。あなたが死んだらチェルシーは、一生、自分の身体に戻れなくなっちゃうのよ」
「そうだな。俺も、リスクが大きいことはちゃんと分かっているさ」
それでも、やるしかないのよね。あっちから仕掛けられる前に仕留めてやるわ。
「それにしても、ローザという女性は気の毒だよな、大司教の愛人になるくらいなら監獄に入る方がマシだと思ったんだな」
そんな事を言い合っていた時、王子である私の元に監獄の看守からの手紙が届いたのだ。
「王子様、どうぞ」
銀の盆に載った封筒を受け取り、何かしらと思って読んでみると、その内容はこうだった。
差出人は役所の下級書記官。
『怖れながら申し上げます。盗みや税の滞納といったことは治安判事の管轄なので王子の御意思を尊重するとおっしゃいました。しかし、魔女に関しては王子の意向には添えないと大司教様が申されています。ですから、ローザは再び牢獄に戻りました』
手紙を読み終えた私は怒りに燃えていた。くそーっ、なんなのよ! ロ-ザを魔女扱いするなんて許せない。
王子といえども、宗教裁判には口を出すなということなのね!
私は眉間にシワを寄せて唇を噛み締める。
「今すぐにでも、大司祭を殴ってやりたいわ。執念深い男ね」
「あいつ、えぐい性格をしているな」
「大司教を敵にまわすとやっかいね。私とジョシュアと密猟者数人だけで対抗するのは難しいかもしれないわね」
「クソッ。どうすりゃいいのかな。同志がいればいいんだけどな。あっ、そうだ。いたぞ! ひとり、心当たりがあるぜ」
言っている途中でジョシュアがパッと目を輝かせた。何かひらめいたのか心地よさそうに呟いている。
「そうだよ。利用しない手はないぜ。権力者には権力を持って対抗するんだよ! あいつらを懲らしめてやるのさ! 目には目を悪には悪知恵を!」
「いい策でもみつかったの?」
ポカンとしていると、ジュシュアがニヤッと笑った。
「ちょっとした罠を仕掛けたんだよ。それには、アン様にも協力してもらわなくちゃならないけどな。きっと快く賛成してくれるぜ! マイラ、ちょっと耳を貸せよ」
「ん……?」
ポカンとしている私に顔を寄せて耳打ちしてきた。ふむふむ。なるほど。それは、確かに名案だわ。一か八か……。やってみるだけの価値はあるだろう。
「よし、それじゃ、やるか!」
「そうね。やりましょう」
こうして、綿密な計画を立てた私達は燃えていた。この先、どう転ぶか分からない。ちょっとした賭けのようなものだった。
失敗すると、とんでもない犠牲をはらうことになる。、
私は、神様に祈らずにはいられなかった。これには、みんなの運命がかかっているんだもの。
無事成功することを祈るばかりだわ……。