あなたがいるから世界は美しい
 そうやって仕事に慣れた頃、友則が大阪の支社から本社に戻って来た。

『カッコいい人だな。太陽みたいな人だな』

 それが、寧々の第一印象だ。

 二歳年上の営業部の友則は、社内でも何かと目立っており、若い女子社員の噂の的だった。社内の女子からは抱かれたい男ナンバーワンと騒がれていた。そんな友則と仲間を交えての飲み会を続けたのだが、ある夜、二人で夜の公園で星を見上げている時に告白された。

『あたしのどこかいいんですか?』

 そう言うと、友則は、風呂上りの少年のように澄んだ眼で笑みをこぼした。

『羽生さんって優しいよな。掃除のオバさんが躓いて転んで鼻を打った時も、他の女子は遠巻きに見ていたけど、羽生さんは駆け寄って介抱してただろう。オレ、絶対にこの娘と付き合うぞって決めたんだ』

 そんな会話の後、唐突に顎を掴まれ有無を言わせないような強引なキスをされてポーッとなった。友則は明るくて社交的な人で仲間からも慕わせている。 

『よ、よろしくお願いします』

 寧々は生真面目にそう呟くと、友則が心から安堵したように破顔一笑していた事を昨日のことのように覚えている。

 交際してから五年ほど経過した頃から、寧々は結婚したいと思うようになる。しかし、二十七歳になる少し前のクリスマスの直前に、いきなり彼から別れを告げられたのだ。

『来年の春に結婚することなった。すまない。半年前にコンパで知り合ったが妊娠したんだよ』

『妊娠?』

 あまりにも突然の事だった。追いすがる余地などなかった。相手は不動産を持つ資産家の一人娘である。一流ホテルの大広間で披露宴が行なわれている。その後、友則と妻の事が話題にあがる度に胸に鋭い痛みが走った。

『安曇先輩は奥さんの財産に目が眩んで寧々のことを捨てちゃったのかな?。五年も付き合ってたんだよ。てっきり寧々と結婚すると思っていたのに……。あんな形で裏切るなんて酷いよね……』

『奥さん、妊婦なのに七回もお色直しをしてたな。羽生さんとは系統が違うよね。羽生さん、世話好きなタイプだから、飽きられたのかもしれないね。ほら、男って尽くすと図に乗るじゃん』

『失恋の痛手を癒すには新しい恋よ。何度も寧々をコンパに誘うわ。美人なんだから、すぐに彼氏が出来るわ。安曇を見返してやればいいんだよ』

『それこそ、会長の知り合いのイケメン青年実業家と電撃結婚して見返してやればいいんだよ』
 
 もちろん、寧々も哀しみを乗り越えて前を向きたいと思っていたが、心身共に苛まれてパニック障害と診断されてしまう。

 人生をリセットする時間が必要だった。しかし、会社を辞めた数日後に父親が脳梗塞で倒れてしまう。

 妹の夕香は高校生。寿司店を改築したばかりでローンが残っている。母は父の介護をするので働けない。

 仕方なく、寧々はキャバクラで働くようになる。その数年後、客からストーカー被害を受けてしまい、その店を辞めた。仕方なく場末の店で働き始めた。

 三十路を越えると収入が減った。不足分を補おうとしてペットシッターの仕事を掛け持ちするようになる。運が悪い事に、寧々が三十二歳の夏に散歩の途中で犬が交通事故に遭ったのだが、険会社の調査員が自動車の運転手に過失はないと告げられた。

 ジェリーは九歳のラブラドール・レトリバー。ドッグランを軽快に走り回るのか大好きな元気な子だ。それなのに、右の後ろ脚を粉砕骨折して歩けなくなり、リハビリは長期に及ぶと診断された。

『損害賠償してもらうわよ。風俗でも何でもあるでしょう。払いなさいよ。うちの子、リハビリするのよ! 誰かさんのせいでね!』

 困り果てた寧々は会長に連絡した。

『どうしたんだい? そんな辛そうな顔をして……』

 退職してからは、会長とは暑中お見舞いや年賀状などでのやとりしかしていない。でも、会長の存在を忘れた事はない。打ち明けると、二百万円を無利子で借してもらえることになった。

『ありがとうございます。必ず、ニ年以内に全額を返却しいたします……』

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