先にあなたが捨てたのです。さようなら、陰の王家と呼ばれた一族は隣国にお引越しします
◇ ◇ ◇
私の生家であるヴィステッカ公爵家は、王国で一番力がある貴族だ。
古くから続く名家で、何度か王家が入れ替わった間も常に筆頭公爵家であり続け、時には王に諫(かん)言(げん)する立場から、『陰の王家』と呼ばれていた。
我が家には私の他に両親と二人の兄がいて、私のことを大層可愛がり、大抵の望みは叶えてくれたけれど、エグバード様と婚約したいと言い出した時ばかりは、家族に囲まれて真意を質された。
「ルルシャ、お前はエグバード王子と結婚したいのか?」
「はい、この世の全てのものからエグバード様を守りたいのです。そして、二人で死ぬまで幸せに暮らしたいです」
私の真剣な表情を見た父は、重ねて質問してきた。
「お前はまだ七歳だが、その決断は一生を懸けて履行しなければならない重いものだ。お前にその覚悟があるのか?」
「あります!」
迷いなく言い切った私を見て、父は考えるように顎(あご)を撫(な)でた。
「……エグバード王子は性根が悪いわけでも、おかしな思想を持っているわけでもない。育ち方次第では立派な王になることだろう。それに……ルルシャが二人で死ぬまで幸せに暮らしたいと言ったのであれば、それを引き離すことはできないな」
間違いなく、ヴィステッカ公爵である父の方が、エグバード様より力関係は上だった。
だから、父が選んだのだ。エグバード様の後ろ盾となることを。
「ルルシャ、お前がエグバード王子の婚約者となるよう取り計らおう」
王国一の権勢を誇るヴィステッカ公爵家が付いたことで、エグバード様の立太子は確実のものとなった。
彼の母親を亡きものとした正妃の一族ですら、我が公爵家の力には及ばない。
だから、私と婚約した日から、エグバード様の身の安全と至高の立場は保障され、彼は未来の王として歩み始めたのだ。
そんなエグバード様と私は誰もが羨(うらや)むほど仲がよかったけれど、いつからかすれ違い始めた。
王太子としての教育が進み、彼に多くの友人ができ、これまで持っていなかったものを手に入れるようになるにつれ、私のことを少しずつ疎(うと)ましく思うようになったようだ。
「ルルシャはどうしてそう冷たいんだ! あの少年は病気の母親のためにパンを盗んだんだ。それくらい見逃してあげればいいじゃないか! 君は公爵令嬢でありながら心が狭いと、友人が言っていたぞ!」
「悪いことをしたら罰を受けなければなりません。理由がどうあれ、悪いことをして他人に迷惑をかけたのならば、罰せられなければならないのです」
「ルルシャの言っていることは正しいかもしれないが、私は君の行動を受け入れられない!」
「それで構いません。王国の太陽であるエグバード様はいつだって輝いているべきです。しかし、私は王国の月として、誰をも平等に裁きましょう」
エグバード様は性根がまっすぐな、正義感が強い青年に育った。
そして、私はそんな彼を輝かせるため、影の部分を受け持つと決めた。
そのことは彼にも伝えていたが、エグバード様にはどうしても私の役割が許せなかったようだ。
「ルルシャ、街の者たちが君のことを『悪魔の審判者』と呼んでいる! 私の友人も君は何だって型通りに進める堅物だと言っていた! 君が物事を裁く時、絶対に情を持ち込まないが、それは血が通わないやり方だ! 多くの者が君の行動と君自身を嫌悪しているんだ! それなのに、なぜ改めようとしない」
「私は王太子の婚約者として、この国の規律を正す役割を担っています。ルールはルールです。様々な理由を聞き入れ、それらの全てに温情を与えていたら、この国は立ちいかなくなります」
私の言葉はエグバード様に響かないようで、彼は激しく言い返してきた。
「私の婚約者であることを笠に着るとは、君は何て傲慢なんだ! それに、少しくらいルールを曲げたからといって、この国はどうにもなりはしない。何といっても、大精霊の加護を受けているのだからな」
それは彼の言う通りだったので、頷きながら同意する。
「ああ……エグバード様と私の婚約を祝って与えられた加護ですね」
当時のことを思い出し、頬を赤らめながら答えたけれど、エグバード様は私の言い方が気に入らなかったようだ。
「だから! 君はなぜそうやって己の力を誇示しようとするんだ! 大精霊の加護を受けた時、君もその場にいたものの、普通に考えたら王太子である私がいたからこそ与えられた加護だと考えるのが普通だろう!!」
「……はい」
エグバード様が言うように、彼がいたからこそ与えられた加護であることは間違いない。
しかし、私がいたからこそ与えられた加護であることも間違いないのだ。
私は窓の外に視線をやると、大精霊の加護によって澄んだ空を見つめる。
この世界には精霊や大精霊が存在する。
しかしながら、その多くは人前に姿を現すことはなく、私たちがその存在を知覚することはほとんどない。
精霊たちはごくまれに人前に姿を見せ、気に入った人間と契約をし、願いを叶えてくれるだけだからだ。
そして、私と彼が婚約式を行った時、『愛と復讐の大精霊』が現れて祝福してくれた。
その際、大精霊に『互いへの変わらぬ愛の誓い』を捧げたことで、ゼイロット王国に『加護を与える契約』を大精霊と結ぶことができた。
その結果、それまで悩まされていた魔物の被害が抑えられるようになり、人々は滅多なことで病気にならなくなったのだ。
エグバード様は知らないことだが、『愛と復讐の大精霊』は代々ヴィステッカ公爵家を守護する精霊だ。
一族の中に気に入った者がいれば、夫婦ペアで加護を与えてくれるのだ。
だから、大精霊は私と私の夫となるエグバード様に加護を与えてくれたのだ。
夫婦ペアでなければ与えられない加護のため、エグバード様がいたからこそ与えられたというのは彼の言葉通りで、間違いではないけれど……と考えている間に、彼は部屋から出ていってしまった。
「……最近はいつもこうね。私はエグバード様を怒らせてばかり。でも……彼が腹を立てるのは、正義感が強いことの表れだわ。そして、いつかは私の役割は必要なものだと分かってもらえるはずよ」
そう希望的観測を抱いた私は知らなかった。
エグバード様がたびたび持ち出す友人というのが、一人の少女を指していることに。
彼は学園で一人の少女に出会っており、少しずつ心変わりをしていることに。
私の生家であるヴィステッカ公爵家は、王国で一番力がある貴族だ。
古くから続く名家で、何度か王家が入れ替わった間も常に筆頭公爵家であり続け、時には王に諫(かん)言(げん)する立場から、『陰の王家』と呼ばれていた。
我が家には私の他に両親と二人の兄がいて、私のことを大層可愛がり、大抵の望みは叶えてくれたけれど、エグバード様と婚約したいと言い出した時ばかりは、家族に囲まれて真意を質された。
「ルルシャ、お前はエグバード王子と結婚したいのか?」
「はい、この世の全てのものからエグバード様を守りたいのです。そして、二人で死ぬまで幸せに暮らしたいです」
私の真剣な表情を見た父は、重ねて質問してきた。
「お前はまだ七歳だが、その決断は一生を懸けて履行しなければならない重いものだ。お前にその覚悟があるのか?」
「あります!」
迷いなく言い切った私を見て、父は考えるように顎(あご)を撫(な)でた。
「……エグバード王子は性根が悪いわけでも、おかしな思想を持っているわけでもない。育ち方次第では立派な王になることだろう。それに……ルルシャが二人で死ぬまで幸せに暮らしたいと言ったのであれば、それを引き離すことはできないな」
間違いなく、ヴィステッカ公爵である父の方が、エグバード様より力関係は上だった。
だから、父が選んだのだ。エグバード様の後ろ盾となることを。
「ルルシャ、お前がエグバード王子の婚約者となるよう取り計らおう」
王国一の権勢を誇るヴィステッカ公爵家が付いたことで、エグバード様の立太子は確実のものとなった。
彼の母親を亡きものとした正妃の一族ですら、我が公爵家の力には及ばない。
だから、私と婚約した日から、エグバード様の身の安全と至高の立場は保障され、彼は未来の王として歩み始めたのだ。
そんなエグバード様と私は誰もが羨(うらや)むほど仲がよかったけれど、いつからかすれ違い始めた。
王太子としての教育が進み、彼に多くの友人ができ、これまで持っていなかったものを手に入れるようになるにつれ、私のことを少しずつ疎(うと)ましく思うようになったようだ。
「ルルシャはどうしてそう冷たいんだ! あの少年は病気の母親のためにパンを盗んだんだ。それくらい見逃してあげればいいじゃないか! 君は公爵令嬢でありながら心が狭いと、友人が言っていたぞ!」
「悪いことをしたら罰を受けなければなりません。理由がどうあれ、悪いことをして他人に迷惑をかけたのならば、罰せられなければならないのです」
「ルルシャの言っていることは正しいかもしれないが、私は君の行動を受け入れられない!」
「それで構いません。王国の太陽であるエグバード様はいつだって輝いているべきです。しかし、私は王国の月として、誰をも平等に裁きましょう」
エグバード様は性根がまっすぐな、正義感が強い青年に育った。
そして、私はそんな彼を輝かせるため、影の部分を受け持つと決めた。
そのことは彼にも伝えていたが、エグバード様にはどうしても私の役割が許せなかったようだ。
「ルルシャ、街の者たちが君のことを『悪魔の審判者』と呼んでいる! 私の友人も君は何だって型通りに進める堅物だと言っていた! 君が物事を裁く時、絶対に情を持ち込まないが、それは血が通わないやり方だ! 多くの者が君の行動と君自身を嫌悪しているんだ! それなのに、なぜ改めようとしない」
「私は王太子の婚約者として、この国の規律を正す役割を担っています。ルールはルールです。様々な理由を聞き入れ、それらの全てに温情を与えていたら、この国は立ちいかなくなります」
私の言葉はエグバード様に響かないようで、彼は激しく言い返してきた。
「私の婚約者であることを笠に着るとは、君は何て傲慢なんだ! それに、少しくらいルールを曲げたからといって、この国はどうにもなりはしない。何といっても、大精霊の加護を受けているのだからな」
それは彼の言う通りだったので、頷きながら同意する。
「ああ……エグバード様と私の婚約を祝って与えられた加護ですね」
当時のことを思い出し、頬を赤らめながら答えたけれど、エグバード様は私の言い方が気に入らなかったようだ。
「だから! 君はなぜそうやって己の力を誇示しようとするんだ! 大精霊の加護を受けた時、君もその場にいたものの、普通に考えたら王太子である私がいたからこそ与えられた加護だと考えるのが普通だろう!!」
「……はい」
エグバード様が言うように、彼がいたからこそ与えられた加護であることは間違いない。
しかし、私がいたからこそ与えられた加護であることも間違いないのだ。
私は窓の外に視線をやると、大精霊の加護によって澄んだ空を見つめる。
この世界には精霊や大精霊が存在する。
しかしながら、その多くは人前に姿を現すことはなく、私たちがその存在を知覚することはほとんどない。
精霊たちはごくまれに人前に姿を見せ、気に入った人間と契約をし、願いを叶えてくれるだけだからだ。
そして、私と彼が婚約式を行った時、『愛と復讐の大精霊』が現れて祝福してくれた。
その際、大精霊に『互いへの変わらぬ愛の誓い』を捧げたことで、ゼイロット王国に『加護を与える契約』を大精霊と結ぶことができた。
その結果、それまで悩まされていた魔物の被害が抑えられるようになり、人々は滅多なことで病気にならなくなったのだ。
エグバード様は知らないことだが、『愛と復讐の大精霊』は代々ヴィステッカ公爵家を守護する精霊だ。
一族の中に気に入った者がいれば、夫婦ペアで加護を与えてくれるのだ。
だから、大精霊は私と私の夫となるエグバード様に加護を与えてくれたのだ。
夫婦ペアでなければ与えられない加護のため、エグバード様がいたからこそ与えられたというのは彼の言葉通りで、間違いではないけれど……と考えている間に、彼は部屋から出ていってしまった。
「……最近はいつもこうね。私はエグバード様を怒らせてばかり。でも……彼が腹を立てるのは、正義感が強いことの表れだわ。そして、いつかは私の役割は必要なものだと分かってもらえるはずよ」
そう希望的観測を抱いた私は知らなかった。
エグバード様がたびたび持ち出す友人というのが、一人の少女を指していることに。
彼は学園で一人の少女に出会っており、少しずつ心変わりをしていることに。