先にあなたが捨てたのです。さようなら、陰の王家と呼ばれた一族は隣国にお引越しします
瞬時にそう判断したけれど、白猫を奪われたので取り返さないといけない……と考えを巡らせている間に、素早く近寄ってきた短髪の男性に腕を掴まれる。
慌てて振りほどこうとしたけれど、ぎりりと腕をねじられたため、折られる前に抵抗を止めた。
無言で睨み付けると、短髪の男性は楽しそうに舌なめずりする。
「はっ、見たことがないほどの美人だな! しかし、性格は難ありだ。男どもにちやほやされて、はねっかえりの我儘娘に育っちまったか。よしよし、オレが躾けてやるよ」
これはまずいと足を踏ん張ったけど、腕を掴まれたまま、ずるずると引きずられてしまう。
連れていかれることは避けられそうになかったので、せめてもと掴まれていない方の手を伸ばすと、隙を見て男性が持っていた袋を取り返した。
「おい!」
ぎりりと再び腕をねじり上げられたけれど、何とか片手で袋の口を開けると、素早く袋を地面に置く。
「猫ちゃん、逃げるのよ!」
男性が手を伸ばして袋を取ろうとしたので、殴られる形になるのを承知で、袋の前に踏み出した。けれど―――私が殴られることはなかった。
五人目となる新たな男性が現れ、私と短髪の男性の間に立ちはだかったからだ。
◇ ◇ ◇
新たに現れたのは、青銀の髪をした背の高い男性だった。
後ろ姿しか見えないけれど、まるで全力疾走でもしてきたかのように髪を汗で湿らせており、はーはーと荒い息を吐いている。
「何だ、お前は!」
短髪の男性が怒りの声を上げると、青銀の髪の男性は苦しい息の間から返事をした。
「はーはー、聞き苦しいから……そんな荒らげた声を出すものでは……ないよ」
彼は息をするのも苦しそうだったけれど、よく見ると片手で相手の腕を押さえ込んでいた。
「何言っているんだ! ぜーぜーと息切れして、お前の言葉の方が聞き苦しいじゃねえか! いいから、その手を放しやがれ! オレは相手が誰であれ、手加減しねえからな!!」
「じゃあ、……僕も……手加減しないね」
青銀髪の男性は途切れ途切れにそう言うと、そのまま相手を蹴り飛ばした。
「ふぐっ!」
一切の予備動作が見えなかったので、それほど勢いがつくはずはないのだけれど、短髪の男性は遠くまで吹き飛んでしまう。
先ほどまで自信満々だった男性が、激しく壁に叩きつけられる様子を見て、相手が悪かったわねと思う。
私は王太子の婚約者だったから、王国騎士団の騎士たちが護衛に付いてくれたけれど、その際に騎士の強さを測る訓練をさせられた。
「今日の騎士は精鋭クラスね」といった私の予想はだいたい当たっていたけれど、相手が騎士団長クラスになると、途端に強さが読めなくなるという現象が起きてしまった。
つまり、騎士団長クラスになると、彼らはその強さを完璧に隠蔽することができたため、私には団長たちの強さを測ることができなかったのだ。
そして、青銀髪の男性も同じように強さが読めなかったため、もしかしたらと思ったけれど、どうやら本当に騎士団長クラスの強さを備えていたようだ。
おかげで助かったわと思いながら、猫の袋に手を伸ばしたところ、悪漢に捕まえられると思ったのか、白猫が勢いよく袋の中から飛び出してきた。
「猫ちゃん!!」
怪我はしていないみたいねと喜んだのも束の間、パニックに陥ったらしい白猫はまっすぐ走っていくと、そのまま目の前にあった川に飛び込んでしまう。
「猫ちゃん!!」
川の水は猫にとって深く、流れも速い。
このまま流されたら高確率で溺れると思ったので、私は慌てて川の中に飛び込んだ。
水の深さは私の胸まであり、冷たく重く体にまとわりついてきたけれど、必死で水の中を歩く。
それから、思いっきり両手を伸ばすと、沈みかけている白猫を捕まえた。
「捕まえたわ! ああ、もう、白猫ちゃんったら、何て大冒険をするのかしら!」
白猫が無事だったことが嬉しくて、川の中だというのに大きな声を上げてしまう。
けれど、川の縁に多くの人々が集まり、心配そうにこちらを見ていることに気が付いたため、私は慌てて川岸に向かって歩いていった。
「ご心配をおかけしました。白猫は無事です!」
白猫を高く持ち上げ、皆が気になっていることを伝えたけれど、人々の反応は薄かった。
あら、皆は白猫を心配していたのではなかったのかしらと不思議に思っていると、大きな手が伸びてきて、私を川から引き上げてくれる。
「猫の心配をする前に、自分の心配をするんだな!」
冷えた声がしたので顔を向けると、見たこともないほど整った顔立ちの男性が立っていた。
美しい青銀の髪の下では青い瞳がきらきらと輝き、完璧な目鼻立ちを引き立てている。
肌の色は白く、唇は赤く、ぞっとするほど整った顔は冷たく見えそうなものだったけれど、目の下にあるほくろが壮絶な色気を加味するとともに、彼に人間らしい温かみを与えていた。
着ている物は明らかに高価なものばかりで、耳に着けているピアスは一財産するに違いない。
彼が何者なのかは不明だったけれど、全身から大物オーラが出ており、あらゆる意味で最上級の男性なのは間違いなかった。
とんでもない人物に遭遇してしまったわと思いながら、相手の様子をうかがう。
私にかけられた声は冷たかったし、鋭い目つきで睨(にら)んでいるから、私に対して怒っているのだろう。
けれど、怒られる理由が分からなかったため困っていると、彼はため息をついて着ていた上着を脱ぎ、びしょ濡れの私の体にかけてくれた。
「え?」
「言うまでもないことだが、皆は猫の心配をしたのではなく、君の心配をしたのだ。川の流れが速かったから、猫だけでなく君まで流される可能性が高かったからな」
彼の声は相変わらず厳しかったけれど、言われた内容は私を心配しているように聞こえたため、彼の真意を推し量ろうとじっと見つめる。
けれど、すぐにはっとして、体にかけられた上着を脱ごうとした。
「上着をありがとうございます。ですが、私はびしょ濡れでして、川の水は決して綺麗ではないので、このままでは上着が汚れてしまいます」
私はこの間まで公爵令嬢だったから分かる。
目の前の男性は間違いなく貴族で、着ている服はとんでもなく高価なものだと。
体にかけられた上着がダメになってしまったら、私は弁償するために、三か月以上ただ働きをしなければならないだろう。
しかしながら、青銀の髪の美形は私の手に自分の手を重ねると、動きを封じてきた。
「上着は着たままでいてくれ。君が救ってくれた白猫は僕のものだ。だから、君が濡れているのは僕の責任だ」
「え? この白猫ちゃんはあなたの猫なんですか?」
そんなことがあるものかしらと思いながら、腕の中の猫に視線をやる。
この白猫には絶対に誰も飼い主はいないはずだけど、この男性が飼い主ですって?
目を見開いたところで、彼の髪色が、先ほど私を助けてくれた人物の髪と同じであることに気付く。
「あっ、もしかして先ほど私を助けてくれた方ですか?」
驚いて問いかける私に、彼は言いにくそうに口を開いた。
「……すまない。僕の猫のせいで、君を危険な目に遭わせてしまった」
いかにも謝罪に慣れていない様子を見て、この男性は滅多に謝ったりしないのかもしれないと思う。
それから、そんな風にわざわざ慣れない謝罪をしてきたということは、彼は本当に白猫の飼い主かもしれないと考えた。
「いえ、猫ちゃんが無事で……」
よかったと言葉を続けようとしたけれど、途中で切れてしまう。
というのも突然、目の前の男性が私を抱きかかえたからだ。
「は? あ、あの」
「僕の家はすぐ近くだ。今一番優先すべきことは、君が風邪を引かないよう、濡れた服を着替えることだ。春先とはいえ、濡れた体は冷える」
「いえ、あの、私の家も近いですし、自分で歩けますし……」
「だから、すまないと謝罪した」
なるほど。先ほどの謝罪は、私を抱きかかえる許可だったのねと遅ればせながら気付いた時には、豪華な馬車に乗せられていた。
驚いて馬車の中を見回したことで、この馬車が公爵令嬢だった時に使用していたものより豪華なことに気付き、頭の中で警告音が鳴り響く。
待ってちょうだい。母国でこれほど豪華な馬車を持っているのは、王族だけだったわ。
いくらこの帝国が母国より大きくて繁栄しているとはいえ、これほどの馬車を所有している者は限られるに違いない。
そんな私の気持ちを敏感に感じ取ったようで、青銀の髪の美形は片手を胸元に当てると、まっすぐ私を見つめてきた。
慌てて振りほどこうとしたけれど、ぎりりと腕をねじられたため、折られる前に抵抗を止めた。
無言で睨み付けると、短髪の男性は楽しそうに舌なめずりする。
「はっ、見たことがないほどの美人だな! しかし、性格は難ありだ。男どもにちやほやされて、はねっかえりの我儘娘に育っちまったか。よしよし、オレが躾けてやるよ」
これはまずいと足を踏ん張ったけど、腕を掴まれたまま、ずるずると引きずられてしまう。
連れていかれることは避けられそうになかったので、せめてもと掴まれていない方の手を伸ばすと、隙を見て男性が持っていた袋を取り返した。
「おい!」
ぎりりと再び腕をねじり上げられたけれど、何とか片手で袋の口を開けると、素早く袋を地面に置く。
「猫ちゃん、逃げるのよ!」
男性が手を伸ばして袋を取ろうとしたので、殴られる形になるのを承知で、袋の前に踏み出した。けれど―――私が殴られることはなかった。
五人目となる新たな男性が現れ、私と短髪の男性の間に立ちはだかったからだ。
◇ ◇ ◇
新たに現れたのは、青銀の髪をした背の高い男性だった。
後ろ姿しか見えないけれど、まるで全力疾走でもしてきたかのように髪を汗で湿らせており、はーはーと荒い息を吐いている。
「何だ、お前は!」
短髪の男性が怒りの声を上げると、青銀の髪の男性は苦しい息の間から返事をした。
「はーはー、聞き苦しいから……そんな荒らげた声を出すものでは……ないよ」
彼は息をするのも苦しそうだったけれど、よく見ると片手で相手の腕を押さえ込んでいた。
「何言っているんだ! ぜーぜーと息切れして、お前の言葉の方が聞き苦しいじゃねえか! いいから、その手を放しやがれ! オレは相手が誰であれ、手加減しねえからな!!」
「じゃあ、……僕も……手加減しないね」
青銀髪の男性は途切れ途切れにそう言うと、そのまま相手を蹴り飛ばした。
「ふぐっ!」
一切の予備動作が見えなかったので、それほど勢いがつくはずはないのだけれど、短髪の男性は遠くまで吹き飛んでしまう。
先ほどまで自信満々だった男性が、激しく壁に叩きつけられる様子を見て、相手が悪かったわねと思う。
私は王太子の婚約者だったから、王国騎士団の騎士たちが護衛に付いてくれたけれど、その際に騎士の強さを測る訓練をさせられた。
「今日の騎士は精鋭クラスね」といった私の予想はだいたい当たっていたけれど、相手が騎士団長クラスになると、途端に強さが読めなくなるという現象が起きてしまった。
つまり、騎士団長クラスになると、彼らはその強さを完璧に隠蔽することができたため、私には団長たちの強さを測ることができなかったのだ。
そして、青銀髪の男性も同じように強さが読めなかったため、もしかしたらと思ったけれど、どうやら本当に騎士団長クラスの強さを備えていたようだ。
おかげで助かったわと思いながら、猫の袋に手を伸ばしたところ、悪漢に捕まえられると思ったのか、白猫が勢いよく袋の中から飛び出してきた。
「猫ちゃん!!」
怪我はしていないみたいねと喜んだのも束の間、パニックに陥ったらしい白猫はまっすぐ走っていくと、そのまま目の前にあった川に飛び込んでしまう。
「猫ちゃん!!」
川の水は猫にとって深く、流れも速い。
このまま流されたら高確率で溺れると思ったので、私は慌てて川の中に飛び込んだ。
水の深さは私の胸まであり、冷たく重く体にまとわりついてきたけれど、必死で水の中を歩く。
それから、思いっきり両手を伸ばすと、沈みかけている白猫を捕まえた。
「捕まえたわ! ああ、もう、白猫ちゃんったら、何て大冒険をするのかしら!」
白猫が無事だったことが嬉しくて、川の中だというのに大きな声を上げてしまう。
けれど、川の縁に多くの人々が集まり、心配そうにこちらを見ていることに気が付いたため、私は慌てて川岸に向かって歩いていった。
「ご心配をおかけしました。白猫は無事です!」
白猫を高く持ち上げ、皆が気になっていることを伝えたけれど、人々の反応は薄かった。
あら、皆は白猫を心配していたのではなかったのかしらと不思議に思っていると、大きな手が伸びてきて、私を川から引き上げてくれる。
「猫の心配をする前に、自分の心配をするんだな!」
冷えた声がしたので顔を向けると、見たこともないほど整った顔立ちの男性が立っていた。
美しい青銀の髪の下では青い瞳がきらきらと輝き、完璧な目鼻立ちを引き立てている。
肌の色は白く、唇は赤く、ぞっとするほど整った顔は冷たく見えそうなものだったけれど、目の下にあるほくろが壮絶な色気を加味するとともに、彼に人間らしい温かみを与えていた。
着ている物は明らかに高価なものばかりで、耳に着けているピアスは一財産するに違いない。
彼が何者なのかは不明だったけれど、全身から大物オーラが出ており、あらゆる意味で最上級の男性なのは間違いなかった。
とんでもない人物に遭遇してしまったわと思いながら、相手の様子をうかがう。
私にかけられた声は冷たかったし、鋭い目つきで睨(にら)んでいるから、私に対して怒っているのだろう。
けれど、怒られる理由が分からなかったため困っていると、彼はため息をついて着ていた上着を脱ぎ、びしょ濡れの私の体にかけてくれた。
「え?」
「言うまでもないことだが、皆は猫の心配をしたのではなく、君の心配をしたのだ。川の流れが速かったから、猫だけでなく君まで流される可能性が高かったからな」
彼の声は相変わらず厳しかったけれど、言われた内容は私を心配しているように聞こえたため、彼の真意を推し量ろうとじっと見つめる。
けれど、すぐにはっとして、体にかけられた上着を脱ごうとした。
「上着をありがとうございます。ですが、私はびしょ濡れでして、川の水は決して綺麗ではないので、このままでは上着が汚れてしまいます」
私はこの間まで公爵令嬢だったから分かる。
目の前の男性は間違いなく貴族で、着ている服はとんでもなく高価なものだと。
体にかけられた上着がダメになってしまったら、私は弁償するために、三か月以上ただ働きをしなければならないだろう。
しかしながら、青銀の髪の美形は私の手に自分の手を重ねると、動きを封じてきた。
「上着は着たままでいてくれ。君が救ってくれた白猫は僕のものだ。だから、君が濡れているのは僕の責任だ」
「え? この白猫ちゃんはあなたの猫なんですか?」
そんなことがあるものかしらと思いながら、腕の中の猫に視線をやる。
この白猫には絶対に誰も飼い主はいないはずだけど、この男性が飼い主ですって?
目を見開いたところで、彼の髪色が、先ほど私を助けてくれた人物の髪と同じであることに気付く。
「あっ、もしかして先ほど私を助けてくれた方ですか?」
驚いて問いかける私に、彼は言いにくそうに口を開いた。
「……すまない。僕の猫のせいで、君を危険な目に遭わせてしまった」
いかにも謝罪に慣れていない様子を見て、この男性は滅多に謝ったりしないのかもしれないと思う。
それから、そんな風にわざわざ慣れない謝罪をしてきたということは、彼は本当に白猫の飼い主かもしれないと考えた。
「いえ、猫ちゃんが無事で……」
よかったと言葉を続けようとしたけれど、途中で切れてしまう。
というのも突然、目の前の男性が私を抱きかかえたからだ。
「は? あ、あの」
「僕の家はすぐ近くだ。今一番優先すべきことは、君が風邪を引かないよう、濡れた服を着替えることだ。春先とはいえ、濡れた体は冷える」
「いえ、あの、私の家も近いですし、自分で歩けますし……」
「だから、すまないと謝罪した」
なるほど。先ほどの謝罪は、私を抱きかかえる許可だったのねと遅ればせながら気付いた時には、豪華な馬車に乗せられていた。
驚いて馬車の中を見回したことで、この馬車が公爵令嬢だった時に使用していたものより豪華なことに気付き、頭の中で警告音が鳴り響く。
待ってちょうだい。母国でこれほど豪華な馬車を持っているのは、王族だけだったわ。
いくらこの帝国が母国より大きくて繁栄しているとはいえ、これほどの馬車を所有している者は限られるに違いない。
そんな私の気持ちを敏感に感じ取ったようで、青銀の髪の美形は片手を胸元に当てると、まっすぐ私を見つめてきた。