あなたの隣に私は必要ですか?

6

 アリーシアは、ルートヴィッヒのエスコートで広い王宮の中を馬車留めまで歩いていく。

(皮肉なものですわね。ルートヴィッヒ様とのお別れを決心してから、こうやって隣に並んで歩いているのですもの)

 いつかはルートヴィッヒの隣にいる事が自然と思える関係になりたいと密かに願っていたアリーシアは、こんな状況になって初めてルートヴィッヒのエスコートを受けて王宮を歩いている事に、自嘲する。
 学園を卒業し、晴れて社交界デビューをした暁には、婚約者であるルートヴィッヒのエスコートで夜会などに参加する事を夢見てきたアリーシア。
 しかし、ルートヴィッヒの都合にてそれは未だかつて叶わなかった。
 それが、こんな形で二人並んで歩いているとは。

「どうした? 何を考え込んでいる?」

 アリーシアが自分の思いに沈んでいると、ふいに隣にいるルートヴィッヒから声が掛かる。
 ルートヴィッヒは、何かを探るような目でアリーシアを見ながら言った。

「ミーア王女に何か言われたか? だとしたら気にしなくていい」

 そう言い切るルートヴィッヒをアリーシアは、悲しげに見る。

「一介の貴族の娘が、王女殿下のお言葉を気にしないなんて、有り得ませんわ。それに、これは王女殿下だけの事ではございませんもの」

 そう言ったアリーシアに、珍しくルートヴィッヒが少し動揺していた。

「アリーシア。今はまだ何も言えない。だが、もう少し待っていてほしい」

 ルートヴィッヒの言葉を、アリーシアは素直には受け入れる事が出来ない。

(何を待てと仰るのでしょう。まさか、ルートヴィッヒ様の方から婚約破棄を言い渡されるまで待てと仰るのですか?)

 流石に苛立ちを覚えたアリーシアは、ルートヴィッヒの手を払い除け、ルートヴィッヒと向き合った。

「馬車留めまでもうすぐですので、ここまでで結構ですわ。送って頂き、ありがとうございました」

 そう言って踵を返し、馬車留めまで歩き出したアリーシアに、ルートヴィッヒは咄嗟にまた手を取った。

「馬車まで送る。最後までエスコートさせてほしい」

 いつになく真剣にそう言うルートヴィッヒに、アリーシアは少しため息を吐いた後、今度は振り払わずに受け入れる。

「ありがとう」

 ホッとしたようにそう言ったルートヴィッヒは、再びアリーシアを馬車留めまでエスコートする。
 いつになく積極的で真剣なルートヴィッヒに、少し違和感を感じながらも、先程言われたミーア王女の言葉を思い出すと、またアリーシアは苛立ちを感じずにはいられなかった。

 馬車留めに到着し、フォンベルタ侯爵家の馬車に着いたアリーシアは、早々に馬車に乗り、ルートヴィッヒの手を離す。

「ここまでのエスコート、ありがとうございました。お手を煩わせて申し訳ございませんでした」

 アリーシアの言葉に、少し傷ついた表情をするルートヴィッヒは、それでも意を決したように、表情を引き締める。

「アリーシア。話したい事があるのだ。近いうちに君の家に行く」

 そう言ったルートヴィッヒに、アリーシアはいよいよ気持ちを固めた。

(婚約破棄、もしくは婚約解消のお話をされに来られるのでしょうね)

「わかりましたわ。両親にも近々来られる事を伝えておきます」
 アリーシアはそう言って、馬車の扉を閉めるよう御者に合図を送る。
 ルートヴィッヒとアリーシアは馬車の扉で仕切られた状態で、お互いを見つめ合っていた。

「出してくださいませ」

 先に目を逸らし、アリーシアは馬車を発進させた。

(振り向いては駄目ですわよ、アリーシア。フォンベルタ侯爵家の娘として、潔く覚悟を決めないと)

 アリーシアは、そう考えながらも、ふいに流れてくる涙に自分で驚いた。

(何故こんなにも涙が……。わたくしはいつの間にこんなにもあの方を慕っていたというのかしら……)

 政略結婚として初めてルートヴィッヒと出会った時のことを思い出す。
 その頃のアリーシアはまだ15歳で、学園に入学したばかりの子供だった。
 そんな彼女に婚約者として紹介されたルートヴィッヒは、当時20歳。
 ルートヴィッヒにとっては、15歳のアリーシアなど子供同然だっただろう。
 こんな子供を婚約者とされたルートヴィッヒに申し訳ないと、当時のアリーシアは随分と悩んだものだった。
 何とか大人のルートヴィッヒに釣り合う女性になりたくて、必死で自分磨きに勤しみ、背伸びをしながらルートヴィッヒに相応しい婚約者であり続けようとした。
 ようやく学園を卒業という頃には、ルートヴィッヒに嫁ぐ日をそれは楽しみにしていた事を思い出す。
 しかしそれが叶わず、その辺りからルートヴィッヒに、ミーア王女の陰が常に存在している事を知る。
 そして、次の挙式の日取りすらまだ決められない状態となってから、アリーシアの心はどんどんと沈んでいった。

(せめて馬車の中でだけ、思い切り泣きましょう。家で泣けば家族が悲しみますわ)

 アリーシアはそう考えると、余計に涙が止まらなくなった。
 屋敷に着いた時には、目を腫らしながら馬車から降り立つアリーシアに、迎えに出ていたメイドは大層驚いた。

 心配していたアリーシアの帰りを知った侯爵夫人は、慌てたアリーシアを迎えに行き、泣き腫らしたアリーシアを見て絶句した。

「アリーシア……」

 母の声を聞いたアリーシアは、また涙腺が緩んでしまう。

「も、申し訳ございません……こんなお見苦しい姿を……」

 必死で泣き止もうとするアリーシアだが、すればするほど涙は止まらない。

「わたくしがアリーシアを部屋まで連れて行きます。下がっていいわ」

 付き添っていたメイドを下がらせ、侯爵夫人はアリーシアを優しく抱きしめた後、自室へ誘導した。

 自室に着いたアリーシアは、少しずつ落ち着きを取り戻し、ようやく涙も止まった頃を見計らって、侯爵夫人が話しかけた。

「アリーシア、ミーア王女に何を言われたのかしら。お母様に教えてくれる?」

 優しくそう問うた母に、アリーシアは頷き、お茶会でのミーア王女との会話内容を伝えた。

「そう。ミーア王女がそのような事を……」

 そう言いながら、表情固く何かを考え込んでいる母に、アリーシアは首を横に振る。

「ミーア王女殿下のお言葉はとても驚きましたが、それよりも……」

 アリーシアはそこまで話して、言葉を切った。

「それよりも?」

 母の促しで、アリーシアは一呼吸置いてから話し始める。

「その場にルートヴィッヒ様が来られました。ルートヴィッヒ様は、王女殿下のお言葉は気にしなくていいと仰っていましたが、お顔はとても厳しく。そして、近々話したい事があるから、こちらに来ると仰っておられました」

 アリーシアの言葉に、侯爵夫人はさらに考え込んでしまう。

「分かりました。この件はわたくしからお父様にもお伝えしておきましょう」

 侯爵夫人はそう言うと、優しい表情でアリーシアに向き合う。

「あなたは何も心配しなくていいわ。わたくし達は娘の幸せを一番に願っているのですもの。いざとなったら、こちらからこのご縁は婚約破棄する事も厭わなくてよ」

 母の言葉に、アリーシアはホッとしたような、それでいて“婚約破棄”は免れない現実に胸が押しつぶされそうな気持ちになった。

「ありがとうございます……お母様」
「あなたはもう少しゆっくりお休みなさい」

 アリーシアに優しく声をかけて、侯爵夫人は部屋を後にする。
 一人になったアリーシアは、止まりかけた涙がまた溢れてくるのを、どうする事も出来なかった。
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