男装歌い手は孤独な不良御曹司と甘々で危険な恋をする

隠していること

わいわいとメンバーの楽しそうな声が響く空間で、僕はひとくち肉を頬張った。
その幸せを噛み締めた。

僕は櫻川楓乃(さくらがわかの)、Xジェンダーだ。
Xジェンダーとは、男とも女とも自身に性別をつけないほとのこと。
僕の場合は体は女だけど、心は男寄りって感じかな。

僕は白よりに染められたウルフカットに、黄色の瞳、中性的な顔立ちが特徴の高校3年生だ。
ちなみに、大学には行く気がないから受験生ではない。
すでに案外大金を稼いでいるからだ。

職業は歌い手。
現在登録者数85万人の、人気急上昇中と話題のノヴァというグループに所属している。
僕はリーダをしている。

ちなみに、僕以外には5人いるけど全員男。
あと、今はメンバーでファーストツアーライブのうちあげに来ている。

「スイ?ボーッとしてるけど大丈夫?」

僕はハッとして顔をあげる。
きれいな整った顔が視界に入ってきて、思わず固まってしまった。

スイというのは僕の芸能名で、本名は伝えていないからスイと呼ばれている。
ちなみに、この距離感の近い男は大学3年の夏神漣(なつがみれん)だ。
サラッとした白色の髪に、真っ赤な瞳、耳についたいくつものピアスが不良感をもたせている。
ノヴァの緑担当で、不良御曹司だ。
といっても、僕にとっては大切なメンバーだ。

「うん。大丈夫。なんか夢みたいだなぁって思ってさ。ツアー成功するとか、すごいじゃん」

漣はクスッと笑った。

「まあ、そうだね。いつも引っ張ってくれるスイがいたからじゃん」

「ありがとう」

僕はにこっと笑った。

「僕もファーストツアーできたのは、スイのおかげだと思ってるよ」

僕に今にこっと笑いかけてくれたのは、ノヴァのピンク担当音琴一輝(ねごといつき)だ。
ちなみに、大学1年生。
少し長い黒髪に、漣と同じ真っ赤な瞳、少し幼くてメイクが得意なかわいい担当。
僕たちの弟みたいな存在だ。

「いや、みんながいてくれたからノヴァは成長したんだよ。初めてのホールツアーで、そのことを改めて考えさせられた。僕はみんなにすごい感謝してる」

僕のその言葉に飛びついてきたのは、青色担当の柊灯真(ひいらぎとうま)

「俺も!俺らってさ、いろいろ辛いことあったじゃん?最初は無理だろって思ってたけど、ここまでやってこれたのはスイのおかげだよ!武道館も夢じゃないって!」

ツンツンとはねた黒髪に、黄色の瞳が特徴の大学1年生。
明るくていい奴なんだけど、いろいろあって人と話すことが苦手。
そのせいで普段は黒マスクをしてるけど、メンバーの前では気軽に話ができている。
なんてったって、僕たちは一緒になってもう2年以上経ってるんだから。
武道館ライブは活動当初からの夢だ。

「俺もそう思う。ツアーができただけじゃなくて、全公演ソールドアウトだし。なんなら、今年中に武道館ライブ決定できる」

「俺もそう思うね。今日のX見た?トレンド1位だよ」

「マジで!?」

赤色担当の柑子木紫音(にしきしおん)の言葉に頷きながら、スマホのトレンド画面を見せる黄色担当の灰崎莉都(はいざきりつ)
紫音は同い年の高校3年生で、金髪に紫色の瞳、少し中性的な顔つきが特徴なんだ。
口が悪かったり不器用だったりするから、誤解されがちだけど優しい奴だ。
莉都は大学3年生で、赤紫の髪に深い藍色の瞳、美人で一瞬女の人と見間違うほどのきれいな容姿が特徴なんだ。
自分の意見を言うのが苦手だけど、メンバーいちのSNS好きだ。

「トレンド1位…か。いいライブができたってことだよね」

僕のその言葉に、メンバーみんなが頷いた。

「ま、当然だけどね〜。このまま僕たちでトップ独占しちゃお!」

一輝が笑顔でそう言った。
今は僕たちがトップだけど、他にもすごいグループはたくさんいる。
3年ほど前まで僕が推していたグループであるブラヴールも、最近はどんどん人気を集めている。
僕の最推しで、グループいち人気だったAsahiくんが抜けて人気が落ちていたみたいだけど。
所属事務所のグループだって強敵だ。

「俺たちの仕事は、ファンを幸せにすることだもんね」

「そうそう!今回大成功したんだしさ、乾杯しよーぜ!!」

灯真が目をキラキラさせながら言った。
僕たちはグラスを高くあげる。

「それじゃ、ファーストホールツアー全公演満席おめでとう!!」

カンッ!!

僕たちは全員でグラスをぶつけた。
ブラヴールを超える歌い手になる。
僕の夢はそこから始まって、すでに叶っている現実がある。
もう一度幸せを噛み締めながらジュースを一口飲んだ。
そして、突然一輝が口を開いた。

「そういえば、俺らってここまで休む暇なかったじゃん?」

「んー、まあそうだね」

漣が頷く。

「だからさ、せっかくだし旅行とか行かね!?近場でもいいし!」

「めっちゃいいじゃーん」

「俺も行きたい」

「俺も」

僕以外のメンバー全員が賛成した。
そして、みんなが僕の意見を聞こうと視線を向けた。

「…ごめん。僕はちょっと遠慮しとく。そのかわり、1日遊ぶ日とかつくろ」

僕の一言に、みんなが一瞬固まった。
でも、断る以外の選択肢がなかったんだ。
だって僕は——自分が女であることを伝えていないのだから。
泊まって遊ぶということにも拒否し続けた。
だから、同じように旅行も拒否するだけだ。
女であることがバレたら、嫌われるんじゃないかと怖いから。
バレないように徹底している。

「そっか…。スイは作曲担当だし、忙しいもんな!」

そう、僕はノヴァ唯一の作曲担当だ。
だから、いつもそれを理由にしている。

「うん。ごめんね。でも、みんなとは遊びたいって思ってるから。また誘ってよ」

僕がそう言うと、みんながホッとしたような気がした。
僕のせいでこういう雰囲気になるのは申し訳ないと思うけど、怖いから打ち明けることはできない。

その後、2時間くらい話をして解散となった。
僕だけは家の方向が違うから、ひとりで夜道を歩いた。
高校生だから補導対象時間ではあるけど、僕の場合は黙認されてる。
だから、ゆっくり歩いていると——。

「お姉ちゃん?」

妹である聖菜(せな)の声が聞こえて、僕は振り返った。
僕と違って染めたことのない(つや)のある黒髪と、深い紫の瞳が特徴のかわいい妹だ。

「聖菜……と、母さん」

後ろに見えた母親の姿に、がっかりした。
妹はまだ10歳で、ひとりで出歩いているわけがないからいるのはわかっていたけど。
会いたくなかった。
母さんは僕の姿を見て、すごく驚いているようだった。

「楓乃…なの?いったいどうしたの?その髪…」

中学卒業と同時に家を出た僕は、その後家に帰っていない。
会うのは2年ぶりだろうか。
だから、僕が髪を染めていることを知らなかった。

「楓乃、もしかしてまだ歌い手とかいうよくわからない仕事をするつもりなの!?それでそうやってごっこ遊びをやってるのね!?いい加減にしなさい!!」

会って早々に娘に言う言葉がそれか。
どうでもいいよ。

「うるさいなぁ。母さんにはわかんないよ、私の気持ちは」

“かわいい女の子でいなさい”。
よくそう言われるのが嫌で、一人称は昔から“僕”だ。
でも、母さんの前では“私”を使ってしまう。
本当は嫌われるのは嫌なのかもしれない。

「なによその言い方!高校にはちゃんと行ってるんでしょうね?今年は受験生なのよ?勉強に集中しなさい!」

僕が大学に行かないという選択肢をとったことを、母さんは知らないんだった。
この人は、まだ僕が獣医師になることを望んでる。
たしかに小さい頃の夢だったけど…。
今は違うのに。
母さんはもう、僕のことをなにも知らない。

「私は大学には行かないから!!ちゃんと稼いでやっていける!!だから、もう関わんないでよ」

本心じゃなかった。
でも、これだけ強く言わないと母さんはわかんないから。

チラッと母さんを見ると、視界の端に聖菜の姿が映った。
今にも泣きそうな表情だ。
姉と母親が言い争っていれば、泣きたくなる気持ちもわかる。
特に、聖菜は昔から僕が好きだったから。

「どうしてお母さんの気持ちをわかってくれないの?…もういいわ、あなたは実家に帰ってきなさい。一人暮らしは許さないわ」

そう言って、僕の腕を掴もうとしてきた。
ここで捕まったら、絶対ダメだ。

僕は、勢いよく母さんの手を振り払った。
母さんのポカンとした表情が目に映る。

「あ…」

この時、やりすぎたと言うことを理解した。
僕は謝ることもできず、母さんたちに背を向けて走り出した。

そのまま家に帰った僕は、リビングに荷物を置き、ベッドに寝っ転がった。
あんなふうに言うつもりはなかった。
でも、僕の好きを否定されるのも嫌だった。

僕はどうするべきなんだ。
心の中がぐちゃぐちゃで、なにも考えたくない。
昔のように、僕は泣いた。

ただ涙を流した。
何度も鳴ったスマホも無視して、3年前に卒業した最推しの曲を流した。
それだけで癒される気がした。

『全部投げ出したっていいんだ
君は君のままでいいんだ
だから前を向いてゆけ
僕と一緒に』

その歌詞が、僕の心に()みた。
僕の最推しのAsahiくん。
君のようになりたくて、君のように誰かを救たくて。
僕は歌を歌って、歌詞を書いて、曲を作って、また走り出す。
夢を諦めたくない。
その日、僕はいつの間にか眠っていた。
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