婚約者に「いらない」と言われた私が、愛され妻を演じることになりました
「そんなに警戒するな。まあ俺の提案は、君にとって大事になるかもしれないが」

 意味深な言い回しに、私の緊張は解けない。
 その様子に本条さんが苦笑すると、彼の纏う厳格な雰囲気が緩んだ。

「俺が今日、隣の料亭にいたのは見合いをしていたんだ」

 脈絡のない話にうなずきながら、彼の話に耳を傾ける。

「母の紹介する相手だが……あの人の紹介で実際に顔を合わせたのは、今日で五人目になるか。三十を過ぎたあたりから、母には結婚をせっつかれている。身上書だけならさらにたくさん見せられている」

 立場のある人だからこその話なのだろう。語る本条さんは、眉間にしわを寄せて不快感を隠さないでいる。

 この話がどうつながるか不思議に思いつつ、耳を傾ける。

「正直、今は結婚する気がない。そもそも母の紹介した相手など、受け入れられないな。日頃からとにかく口うるさい人なんだ。妻となった女性を通じて、今後の生活もなにかと口出しされるのが目に見えている」

 いかにもうんざりだという顔をする本条さんに、大変そうだなと他人事ながら思う。

「そこでだ。俺と、結婚してくれないか?」

「え?」

 驚いて声をあげた私を、本条さんが最後まで聞いてくれと手で制した。

「お互いにメリットはある。まず君は、これ以上家の言いなりにならずに済む。もちろん、鏑木との結婚話も二度と持ち上がらないだろう。それに俺と結婚したという事実があれば、堂々とうちに匿ってやれる」

 私にとって都合のいい話ばかりを挙げられて、諦めたはずの期待がむくむくと膨らみそうになる。
 無意識のうちに前のめりになっていたが、ハッとして元に戻した。

「俺のメリットは、結婚についてとやかく言われることがなくなる。同業者の娘だという条件も、規模の拡大につながるとでも匂わせておけば母も納得するだろう。だが」

 そこでフッと厳しい表情を見せた本条さんに、気を引き締め直す。

「俺が実川サイドに利のあるなにかを提案するつもりはない。交流を持つつもりもない。当然だろ? 実の娘を散々苦しめてきたんだ。そんな相手と、友好的な関係を築けという方が無理だ」

 本条さんが私のために怒ってくることがうれしくて、自然と表情が緩んでしまう。

「ただ、覚悟をしてもらう必要がある。俺と結婚すれば、妻を同伴する場面が必ずある。夫婦仲が良好だとアピールをしなければならないし、そこでふさわしい振る舞いができるように、必要な所作や会話術などを身につけてもらわなければならない。もちろん、君がそれを身に着けられるように俺も協力はするが」

 大企業の社長と結婚ともなれば、それはあり得る話だろう。夫婦仲についても、あまりにもよそよそしくては周囲からなにかを言われるかもしれない。
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