婚約者に「いらない」と言われた私が、愛され妻を演じることになりました
 話を聞いていた周囲が、ざわめき始める。

 とある店とは、もともと義母が務めていた父の行きつけのスナックだ。父はボーナス期になると気が大きくなるようで、もらった金額を自慢げに語っていたという。
 その額は社長とはいえ多額で、私が鏑木さんのマンションで何度か見かけた個人献金を賄えてしまう。

 調べを進めて、ボーナスとは名ばかりだとわかっている。そのお金は、個人を装った企業献金として使われたと確信を得た凌也さんは、すでに関係各所に通報している。

「見返りは、三峰記念病院における優遇。そして三峰は各種の補助金を受けやすくできるよう、政治家の鏑木さんの後押し得ている。もう何年もその構図でやっていたんだ。新し試みに挑戦したい若手医師の志も他社の介入も、あなたにとっては煩わしいものでしかなかったんでしょうね」

「な、なにを、でたらめばかりじゃないか」

 声を荒げる三峰院長の態度は、事実を指摘されて逆上したようにしか見えない。
 鏑木さんと父は真っ青な顔をし、玲奈は強気の態度は鳴りを潜めて困惑している。

「でたらめかどうかは、捜査の結果を見ればわかること。私が掴んだ事実は、すでに関係各所に提出してありますから」

「用を思い出した」と、三峰院長が身を翻して会場を後にする。それに鏑木さんも、そそくさと去っていった。

 父はなんとかその場にとどまり、私を睨みつけてくる。

「凪。育ててやった恩を、仇で返すとはな」

 そう言って背を向けた父を、残念な気持ちで見つめる。玲奈は私を睨みつけて、その後を追った。

 あの人に愛してもらった記憶なんてない。気にかけてすらくれなかった。
 そんな恨み言がこぼれてしまいそうで、唇をきつく噛んだ。

「お騒がせして、すみません」

 参加者がどよめく中、凌也さんの凛とした声が通る。

 しばらくすると、何事もなかったかのように歓談が再開された。

「いやあ、おかしいと思っていたんですよ。本条社長ほどの人が、不正をするなんて」
「私は信じていましたからね」

 そんなふうに彼に寄ってくる人が絶えない。
 これを機に本条にダメージを与えようと考えていた人。本当に凌也さんを心配していた人。語り掛けてくる表情を見れば、それとなくわかってしまうようだ。

「信頼に値する人物かを見分けるには、絶好のチャンスですね」

 小声でそうこぼした一真さんに、思わずうなずいてしまった。
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