婚約者に「いらない」と言われた私が、愛され妻を演じることになりました
* * *
「これからは、もっとしっかりしなくちゃ」
凌也さんに与えられた室内で、ポツリとつぶやく。
今はもう、恐怖の感情は浮かんでこない。
戸惑いと困惑、それから助けてくれた凌也さんのためになることをしようという決意。もちろん不安はあるけれど、もう過去に縛られず前を向いていたい。
ホテルに滞在していたときは、彼とメッセージでのやりとりをしていた。けれど、業務連絡のような内容に徹底していた。
【不便はないか?】【必要なものがあれば遠慮なく言ってくれ】など、誰に見られても不貞を疑われるような言葉はまったくない。直接顔を合わすこともせず、最大限に警戒していた。
もちろん、そういった凌也さんの対応に不満などあるはずがない。むしろ数日間なにもせずに、豪華なホテルでゆっくりと休ませてもらって恐縮しているくらいだ。
【まずは、凪の心の回復を最優先するように】
滞在初日に凌也さんからそんなメッセージが届いていたが、翌日にはどういう意味かを理解することになる。
彼は私にマッサージやエステを受けられる手配をしたり、豪華な食事を用意したりしてくれていた。
そうして十日ほどが経った今日、すべて片づいたと凌也さん自ら私を迎えに来てくれた。
ホテルを出てマンションに来る前に婚姻届を提出してきたため、私たちはもう正式な夫婦だ。対面するのは今日で二回目だというのに、不思議と抵抗感はない。
気になったのは、やはり実家や彰さんの反応だ。
彼の運転でここまで連れて来てもらったが、道中でそれらについて聞いてみた。
『その、彰さんや両親は、ずいぶんとご迷惑をかけたのでは……』
大まかな状況は聞いていたが、彼らがどんな態度でなにを言ったかまでは知らされていない。
『凪』
隣から軽く咎めるような口調で呼ばれて、小さく肩が跳ねる。
『鏑木と凪は、もう婚約者でもなんでもないんだ。親しさを感じさせるような態度は、周囲を誤解させかねない』
ハッとして視線を下げる。
彼との婚約期間は、約四カ月にわたる。すっかりその呼び方が身についていたけれど、ここからは変えるべきだ。
『ごめんなさい』
『謝らなくてもいい。今後は気をつけてくれ』
優しい口調で付け加えられて、彼を不快にしたわけではないと肩の力を抜いた。
『これから、俺が凪を守ってやる』
視線を隣に向けると、ちょうど赤信号で車を止めた凌也さんもこちらを見ていた。
恋愛感情は伴わないとはいえ、真剣な表情でかけられたそのひと言に胸が大きく高鳴る。
『だから、なにも心配はいらない』
不安を一掃してしまうような力強さに、それまでとは違う意味で鼓動が速くなった。
『よ、よろしく、お願いします』
なんとかそう答えた私の頭に手を乗せた凌也さんは、再び前を向いて車を発進させた。
ほんの数時間前の車内でのそんな場面を思い出して、顔が熱くなる。
凌也さんが私に求めていることは明確だ。彼の妻として、ふさわしい振る舞いをすること。
私にとってはハードルが高いけれど、ここまでしてくれた凌也さんに全力で応えたいと思っている。
努力すら楽しみだなんていう感覚は久しぶりで、珍しく気分が高揚していた。
「これからは、もっとしっかりしなくちゃ」
凌也さんに与えられた室内で、ポツリとつぶやく。
今はもう、恐怖の感情は浮かんでこない。
戸惑いと困惑、それから助けてくれた凌也さんのためになることをしようという決意。もちろん不安はあるけれど、もう過去に縛られず前を向いていたい。
ホテルに滞在していたときは、彼とメッセージでのやりとりをしていた。けれど、業務連絡のような内容に徹底していた。
【不便はないか?】【必要なものがあれば遠慮なく言ってくれ】など、誰に見られても不貞を疑われるような言葉はまったくない。直接顔を合わすこともせず、最大限に警戒していた。
もちろん、そういった凌也さんの対応に不満などあるはずがない。むしろ数日間なにもせずに、豪華なホテルでゆっくりと休ませてもらって恐縮しているくらいだ。
【まずは、凪の心の回復を最優先するように】
滞在初日に凌也さんからそんなメッセージが届いていたが、翌日にはどういう意味かを理解することになる。
彼は私にマッサージやエステを受けられる手配をしたり、豪華な食事を用意したりしてくれていた。
そうして十日ほどが経った今日、すべて片づいたと凌也さん自ら私を迎えに来てくれた。
ホテルを出てマンションに来る前に婚姻届を提出してきたため、私たちはもう正式な夫婦だ。対面するのは今日で二回目だというのに、不思議と抵抗感はない。
気になったのは、やはり実家や彰さんの反応だ。
彼の運転でここまで連れて来てもらったが、道中でそれらについて聞いてみた。
『その、彰さんや両親は、ずいぶんとご迷惑をかけたのでは……』
大まかな状況は聞いていたが、彼らがどんな態度でなにを言ったかまでは知らされていない。
『凪』
隣から軽く咎めるような口調で呼ばれて、小さく肩が跳ねる。
『鏑木と凪は、もう婚約者でもなんでもないんだ。親しさを感じさせるような態度は、周囲を誤解させかねない』
ハッとして視線を下げる。
彼との婚約期間は、約四カ月にわたる。すっかりその呼び方が身についていたけれど、ここからは変えるべきだ。
『ごめんなさい』
『謝らなくてもいい。今後は気をつけてくれ』
優しい口調で付け加えられて、彼を不快にしたわけではないと肩の力を抜いた。
『これから、俺が凪を守ってやる』
視線を隣に向けると、ちょうど赤信号で車を止めた凌也さんもこちらを見ていた。
恋愛感情は伴わないとはいえ、真剣な表情でかけられたそのひと言に胸が大きく高鳴る。
『だから、なにも心配はいらない』
不安を一掃してしまうような力強さに、それまでとは違う意味で鼓動が速くなった。
『よ、よろしく、お願いします』
なんとかそう答えた私の頭に手を乗せた凌也さんは、再び前を向いて車を発進させた。
ほんの数時間前の車内でのそんな場面を思い出して、顔が熱くなる。
凌也さんが私に求めていることは明確だ。彼の妻として、ふさわしい振る舞いをすること。
私にとってはハードルが高いけれど、ここまでしてくれた凌也さんに全力で応えたいと思っている。
努力すら楽しみだなんていう感覚は久しぶりで、珍しく気分が高揚していた。