婚約者に「いらない」と言われた私が、愛され妻を演じることになりました
「誘ってくれて、ありがとうね。凪が声をかけてくれて、本当に嬉しかったんだから」

「私の方こそ、来てくれてありがとう」

 すらりと背が高くてボーイッシュな印象の彼女は、面倒見がよくてまるで姉のような存在でもある。

「それで?」

 オーダーを済ませると、美琴が前のめりに尋ねてきた。

 彼女には、声をかけたときにこれまでの経緯を軽く明かしてある。
 興味津々の眼差しの奥には、最後に顔を合わせた際に終始浮かべていた心配そうな気配まったく感じられない。それにほっとしつつ、あらためてこれまでの出来事を打ち明けた。

「よかったあ」

 私が家族に疎まれていることを美琴は憤り、いつも心配してくれていた。

「婚約が決まると同時に会社を辞めさせられて、さらにお相手のマンションに移り住むなんて言うからどうなっちゃうんだろうって。おまけにまったく会えなかったし。凪のこと、ずっと心配していたのよ」

「ごめん……ううん。気にかけてくれて、ありがとう」

 それもすべて元婚約者の意向だったと、美琴も知っている。彼との生活では家事をすべて私が担い、交友関係も口出しをされてきた。ただでさえ親の言う通りの結婚に反対していた美琴は、事実を知ってますます怒りを募らせた。

 今思えば、私の振る舞いは美琴の思いを踏みにじっているようなものだ。それを謝りたくても、『不可抗力だったじゃない』とそうさせてくれない。それなら私は、感謝の気持ちを伝えたい。

「凪はもっと怒っていいんだよ」

「うん、ありがとう。美琴が怒ってくれてうれしい」

 美琴がいてくれたから、どんなに辛くも耐えてこられた。

「久しぶりに、凪の心からの笑顔を見られたわ」

「そう?」

 これまでも、美琴といるときだけは唯一穏やかにいられる時間だった。

 けれど彼女と別れた後はあの窮屈な実家へ帰るのかと思うと、いつだって気分は沈みがちになる。

「すっきりして、よかったね」

 凌也さんが救い出してくれたから、私を虐げる人たちと顔を合わせることはもうない。そう思うと、自然と口角が上がる。

「ありがとう、美琴」
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