婚約者に「いらない」と言われた私が、愛され妻を演じることになりました
 話が一段落したところで、「実はね……」と切りだした。
 ここからが本題だと思うと、緊張してくる。

「彼との婚約を解消できるように協力してくれたのが、本条凌也さんっていう方なんだけど」

 私の口から男性の名前が飛び出したことに驚いたのか、美琴が目を瞬かせた。

「本条テクノロジーズの社長さんなの。私が鏑木さんにいろいろと言われているところを目撃して、声をかけてくれて」

「ちょ、ちょっと待って。本条テクノロジーズって、あの大手の? え? 本条さんってことは、経営一族の人?」

 有名な会社だから、そのおおよその規模や本条グループのメイン企業だということもわかっているだろう。

「そう。その本条さん」

 美琴の混乱が収まるのを待つ間、カップに手を伸ばした。

「うん、もういいよ。凪。続きをお願い」

「鏑木さんには、散々な言われようだったんだけど――」

 と言いかけたところで、美琴の目が吊り上がる。

「あの男……」

 鏑木さんの悪評は、婚約を報告したときに『噂では……』と美琴に話してある。

「婚約は白紙にしようっていう、鏑木さんが軽く言った言葉を逆手にとってしまえばいいって言われて。不貞の証拠と併せて、翌日には弁護士を手配してくれたの」

「私は鏑木さんの言動に怒ればいいのか、本条さん行動力に拍手をすればいいのか……とにかく、それで?」

「その、話しているうちに彼と意気投合して」

 恋愛経験のない私がこんな話をするのは、ずいぶん気恥ずかしい。
 熱の集まる頬を見られないように、うつむきがちに続ける。

「結婚しようって」

「え……ええ!?」

 大きな声をあげかけた美琴は、慌てて手で口もとを押さえた。

 琴美には、できる限り隠し事をしたくない。彼女はずっと私の心配してくれていた。だから、結婚したという一大事を黙っていることはできなかった。

「驚かせちゃったよね。本条さんも私のことを心配してくれていたの。ほら、仕事も失ったし、実家に戻っても同じことの繰り返しになるかもしれないでしょ?」

「まあ、そうかもしれないけど」

「二度と鏑木さんになにか言われないように、それから実家にいいように使われないように。婚約なんて飛ばして、結婚しようって言ってくれて」

 さすがに、契約の関係とまでは打ち明けられない。こういうように話をすると、凌也さんにも相談済みだ。
 あくまでお互いに好意を持っていることを前面で押し出して、その上で凌也さんは私を守ろうとしてくれていると美琴に必死に伝えた。
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