婚約者に「いらない」と言われた私が、愛され妻を演じることになりました
「美味しいなあ」

 凌也さんと向かい合わせに座り、朝食をとる。

「ありがとう」

 結婚してから一カ月ほどが経った。彼との生活もすっかりなじみ、穏やかに過ごしている。
 仕事を辞めてしまっているため時間を持て余し気味だった私は、せめて家事をやらせてほしいと彼にお願いした。

『無理をする必要はない』と凌也さんは言ってくれたけれど、それでは私の気が治まらない。助けてもらった恩返しもしたくて、すべて私に任せてもらっている。

「凪の朝食のおかげで、日中の仕事がこれまで以上にはかどっている」

 目を細めて私を見つめる彼の表情の柔らかさに、ドキリとする。

「よ、よかったです。朝ご飯を食べないと、力も出ないですから」

 気恥ずかしくて、しどろもどろになってしまう。

 第一印象は厳格そうな人だと感じたが、プライベートで見せる顔は一転する。もとから容姿は整っている人だ。異性に慣れない私は、笑みを向けられるだけで胸が高鳴らせる。

 それにしても、これまでの凌也さんは朝食をとっていなかったと聞いて、健康面が心配で放っておけなかった。
 無理強いするようで迷惑じゃなかったかと後になって思い至ったが、どうやらそんなことはないらしい。凌也さんはいつも『美味しい』『ありがとう』と言ってくれるから、ますます張り切っている。

「ああ、そうだ。今度の週末だが、なにか予定はあるか?」

「いえ、とくには」

「それじゃあ、一緒に出掛けよう」

 どこへと、首をかしげる。

「今後のために、凪のものをそろえないといけないだろ? 一緒に買いに行こう」

 私がホテルに滞在した二日目には、彼の手配によって化粧品などの生活用品や数着の衣類が届けられた。
 ホテルからマンションに来る途中にも、いくつか買い足しているからもう十分だ。

 申し訳ない気持ちが顔に出ていたのだろう。目が合った凌也さんが苦笑した。

「これまでは、とりあえず生活するのに困らないものだけだろ? 今度は俺と一緒に出掛けるためのもの。ついでに、食事もしてこよう」

 今あるもので十分だと言えば、それらはあくまで普段使いだと返される。

 でも、たしかにそうなのかもしれない。
 義妹に玲奈は、華やかな場に行くたびに高価な衣装を新調していた。靴やアクセサリーまでこだわったその装いは、仕事がらみという意味合いは薄れていたように思うが、社長の娘としては正解だったのだろう。

 凌也さんが次に求めているのも、そういった仕事として同伴するときのためのものだ。もちろん、食事についてもそうだろう。美琴と行くようなカジュアルなレストランではなくて、畏まったお店に違いない。
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