婚約者に「いらない」と言われた私が、愛され妻を演じることになりました
「私と一緒にいて、凌也さんは大丈夫ですか?」

 私の身なりや振る舞いが、彼の立場に影響を与えるかもしれない。

 私も社長の娘だったから、体裁を考慮して大学を卒業させてもらっている。それに父は早い段階で政略結婚を見すえていたようで、マナーなどの振る舞いを学ぶ機会もあった。

 ただ、家族から疎まれていた私がそういった場に参加する機会はほとんどなかった。もとから会話をするのは苦手だし、身に着けた所作も披露する場がなかったため、緊張する中で上手くできるかわからない。

 元婚約者の鏑木さんが、私に不満を抱いていたのも無理はないのだろう。私の様子は見るからに自信がなく、頼りなく映っていたはず。

「なにも問題などない。だから、そんな顔をするな」

 凌也さんの声にハッとする。いつの間にか、眉間にしわを寄せていたようだ。

「凪はここから必要なものをそろえて、ふさわしい立ち振る舞いを覚えていけばいいんだ。まずはプライベートな空間から。それなら誰に迷惑をかけるわけでもない」

「凌也さんは恥ずかしくないですか? その、私なんかが相手で」

 彼の方を見られず、視線を手もとに落とした。

「どうしてそう思うんだ?」

「それは……」

『根暗な凪といると、気が滅入るのよ』
『みっともない格好で、私たちの家族ですっていう顔をしないでくれる? 同類だと思われるでしょ』

 義母や義妹に投げつけられた数々の言葉がよみがえってくる。たまらず手を握りしめた。

「凪」

 かけられた声はとにかく穏やかで、けれどまだ視線を上げられない。

「誰になにを言われたかは知らないが、俺は凪といて恥ずかしいなんてまったく思わない」

 そんなはずがないと、下を向いたまま首を小さく横に振る。

 正面からカタリと音が響き、身を強張らせる。

 彼を不快にさせてしまっただろうか。
 自分でも面倒な性格だと自覚している。

 でも長年言われ続けた言葉はすっかり私にしみついており、いきなり前を向けと言われてもできそうにない。
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