婚約者に「いらない」と言われた私が、愛され妻を演じることになりました
 約束の週末になり、出かける準備をする。
 今日は前に凌也さんが用意してくれた、薄いイエローのワンピースを選んだ。明るい色合いで肌馴染みもよく、華やいだ雰囲気に見える

 凌也さんとふたりで出かけるのだからと、メイクはいつも以上に念入りに施す。髪は編み込みを入れつつ、お団子にまとめた。

 慣れないオシャレは勇気がいるが、仕事で彼の隣に立つときはこれでもぜんぜん足りないはず。それでも、まずは自分にできる精いっぱいを尽くしたい。そう思いながら仕上げていった。

 バッグを手にリビングへ向かうと、凌也さんがすでに待っていた。

 今日の彼は、白いシャツに細身の黒いパンツを合わせている。ラフなのにきちんとして見えるのは、そのスタイルのよさと凛々しい顔立ちの影響だろうか。

「待たせてしまいましたか?」

 ごめんなさいと言いかけたのをなんとかのみ込む。

『意味のない謝罪を、簡単に口にしてはいけない』

 このマンションに来た当初、彼は私が謝るたびにそう繰り返した。これまでまったく意識していなかったけれど、そういえば私は人と接するときに謝罪ばかりしていた気がする。

 凌也さんの視線が、私の全身をざっと確かめる。

「よく似合っているじゃないか。綺麗だよ、凪。俺と出かけるためにオシャレをしてくれたと思うと、なかなかうれしいものだな」

 ふわりと微笑む凌也さんに、胸がどきどきしてくる。

「りょ、凌也さんが用意してくれたこのワンピースが、素敵だから」

 彼がそこまで言ってくれても、自分に自信が持てない。よく見えるのは、この服のおかげ。選んでくれた彼のセンスがいいからだ。

「服は凪の魅力を引き立てているだけだ。ほら、行こう」

 私の卑屈な考を、彼はサラリと流してくれる。だから自分も、これ以上深く考えないでいられる。
 凌也さんに続いて、玄関を出た。

 行き先は、(おもて)参道(さんどう)。オシャレな街だという印象はあるが、訪れる機会のなかった私には未知の世界だ。

「従妹や会社の女性スタッフが勧めてくれた店が、周辺にいくつかあるようだ。そこで凪の気に入るものを探そう」

「はい!」

 つい弾んだ声になり、凌也さんが笑みを浮かべた。

 鏑木さんと婚約していた頃は、なにに関しても私に選択権なんてなかった。
 会食の場には、彼に指定された服を着ていく。メイクも髪形も、ナチュラルで控えめに。

 言われたように仕上げても、あの人はお世辞にも似合っているとは言わない。
 いつもきまって、『まあまあ、見られるかな』という評価をされる。文句を言われなかったというだけで、ほっとしていた。

 婚約中は彼を不快にさせないようにと常に気を張り、マンションにいても心が休まるときなんてなかった。
 あの状態がいかに異常だったの、凌也さんと暮らすようになって徐々にわかってきた。

 鏑木さんは、自分の言いなりになる妻を求めていたのだろう。もとからそんな暮らしをしてきた私は、あの人にとって都合のいい存在だったに違いない。
< 25 / 107 >

この作品をシェア

pagetop