婚約者に「いらない」と言われた私が、愛され妻を演じることになりました
 駐車場に車を止めると、私が降りるより先に凌也さんが助手席のドアを開けてくれた。

「ほら、どうぞ」

「あ、ありがとう、ご……」

 ん?と顔を覗き込まれて、〝ございます〟と言いかけたのをなんとか踏みとどまる。
 まだ堅い言葉遣いが完全には抜けなくて、彼は表情や仕草でやんわりと指摘する。それは決して高圧的なものではないし、無理強いする雰囲気でもない。

「ありがとう」

「どういたしまして」

 満足そうにうなずいた凌也さんは、差し出していた手を私の頭にポンポンと乗せた。

 一見すると子ども扱いされているようなやりとりも、母が亡くなってから家族に褒められる経験なんてなかった私にはうれしく感じる。なんだかくすぐったくて、胸が温かくなる。そして、彼のためにもっと頑張ろうと思える。

 あらためて差し出された手にそっと自身の手を重ねると、軽く握り返してくれる。その温もりにドキリと跳ねた鼓動を悟られないよう、平静を装って車から降りた。

 歩きだす前に、触れていた手を彼の腕にかけるように誘導される。これは華やかな場に出たときエスコートされる練習であり、〝夫婦らしさ〟の演出でもある。

 いきなり仲睦まじく演じろと言われても、私には難しいだろう。だから普段からそう見えるようにしていこうと、凌也さんからの提案されている。

 ドキドキするけれど、彼との距離が近づくことに抵抗感はない。むしろこうして触れていると、ひとりではないのだと勇気づけられるようだ。自然と背筋は伸び、彼にふさわしくあろうと前を向く。

 最初に訪れたのは、過度な装飾を押さえたシンプルなデザインのものが多いお店だ。流行を追いすぎていない落ち着いた雰囲気のため、私も受け入れやすい。

 凌也さんが用件を伝えると、私の希望を聞きながらいくつかのパーティードレスをピックアップしてくれる。

「首回りがすっきりとして、お顔周りの印象が明るくなりますよ」

 そう言って見せてくれたのは、淡いローズピンクのものだ。
 併せてブラックのドレスも隣に並べて見せてくれる。

「こちらだと、お肌の白さが際立って魅力を存分に引き出してくれますよ」

 さらにいくつか見せてくれたが、どれも素敵なものばかり。とりあえず、試着させてもらうことにした。

「ど、どうでしょう?」

 まずはローズピンクのものを着用し、凌也さんに見せる。

「いいじゃないか。華やいだ雰囲気がよく似合っている。お淑やかな凪もいいが、印象がずいぶん変わるんだな」

 満足そうにうなずく彼に、気恥ずかしくなる。

 そして次は、ブラックのものを披露する。

「これもいい。落ち着いた感じが凪らしい」

 その後も、いくつか着用してみた。
 披露するたびに絶賛されて、たじたじになる。控えているスタッフは、そのたびに笑みを深めた。
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