婚約者に「いらない」と言われた私が、愛され妻を演じることになりました
 その後も、数件のお店を見て回った。畏まった雰囲気のワンピースに靴やバッグ、小物までたくさん買いそろえていく。

 遠慮したい気持ちが大きいけれど、そういうわけにもいかない。これらはすべて、仕事で必要なものだ。彼に恥をかかせないためにも、形だけでもきちんとする必要がある。

 最後のお店で選んだ、オフホワイトの上品なワンピースに着替えて外に出る。

 車に乗り込んだところで、運転席に座る凌也さんに視線を向けた。まだ走りだす様子はなく、それならと、今のうちに今日のお礼を伝えることにした。

「凌也さん。たくさんそろえてくれて、ありがとうございます」

 少しだけ砕けた言葉遣いも、今日は長く一緒にいるから馴染んできた。

「俺が凪を着飾らせたかったんだ。デートでも、たくさん着てくれよ」

「デ、デート……!?」

 ぽつりとつぶやき、遅れて意味に気づく。みるみる顔が熱くなっていき、彼の方を見られなくなった。

「今日だって、立派なデートだろ? 俺たちは夫婦で、ふたりきりでの外出なんだから」

 言われてみたらその通りで、間違ってはいない。

 でも、私たちは契約の関係だ。恋愛感情は伴っておらず、今日の外出を私はデートだと認識していなかった。
  気づいた途端に恥ずかしくなってくる。
 
 私に交際経験はないし、これまで異性と接するのは職場くらいだった。
 同僚らは私を社長の娘だと特別視せず、お互いに対等な関係でいられていたと思う。ただそれは仕事上のつながりでしかなく、プライベートな関係に発展したことは一度もない。

 鏑木さんとは婚約していたものの、関係を迫ってきた彼を拒否してからは都合のいい家政婦でしかなかった。
 仕事がらみで彼に同伴しても、プライベートはノータッチ。あちらは世間体を考えて私の行動を常に把握して制限する節があったが、ただそれだけ。鏑木さんと甘い雰囲気になったことなんて一度としてないし、私も望んでいなかった。

「そ、その通り、ですね」

 エアコンの効いた車内は快適な涼しさを保っているというのに、手が汗ばんでくる。
 カタコトに返した私を、凌也さんがくすりと笑った。それから頭をなでられて、ますます顔が熱くなる。

「どんなかたちであれ、俺たちは縁あって結婚したんだ。仲がいいに越したことはないだろ? 妻となった凪がどういう女性なのかをもっと知りたいし、俺のことも知ってもらいたいと思っている」

 こんなふうに言われて、嫌なわけがない。

 彼の言葉に温かな気持ちになると同時に、自分が凌也さんの特別になれたように錯覚しそうになる。どうしようもなく胸が高鳴って、妙にそわそわしてきた。
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