婚約者に「いらない」と言われた私が、愛され妻を演じることになりました
 だけど彼の興味を惹けるようなものが私にあるとは思えず、そう気づいた途端に自身がなくなってしまう。

「まあ、すでに知っていることもたくさんある。任せっきりなのは申し訳ないが、凪の家事のスキルはどれも完璧だ。料理はとにかく上手くて、家に帰るのが楽しみに思えるくらい」

 いきなり始まった私の称賛に、目を瞬かせる。

 それからハッとして、運転席に座る彼の方を向いた。

「ほ、褒めすぎです。それに時間がたっぷりあるからできるだけで、……」

「そういう謙虚な一面も好ましい」

 私の言葉を遮って、凌也さんが続ける。

「長所も短所も紙一重だ。凪がマイナスだと思っている面も、俺から見たら違う。控えめな面も、奥ゆかしくてますます魅力的だ。もっと我がままになってもいいのにと、もどかしく感じるときもある。だがそれは俺の勝手であり、決して悪い面じゃない」

 彼の言葉は、私を勇気づけてくれる。

 大丈夫。凌也さんは私の味方でいてくれる。もし私が失敗しても、彼なら見放さずに助けてくれるに違いない。そう確信が深まるにつれて、自然と口角が上がる。

「まあ、いかに凪に我がままを言わせるか。それは俺次第なのかもな」

 そう言って、凌也さんがくすりと笑う。
 どういう意味かと首をかしげたが、彼に応えるつもりはないらしい。

「さあ、食事に行こうか」

 予約してくれているお店に向けて、車を発進させる。

 高級なレストランへ行ったことは、数えるほどしかない。それも鏑木さんの仕事絡みのみだ。
 食事のマナーは、恥ずかしくない程度に身に着けられているはず。
 心配なのは、会話を上手くつなげられるかということ。

 凌也さんとはずいぶん打ち解けて、気軽な話も自分からできるようになってきたと思う。それをほかの人が相手でもできるかというと、まだ自信がない。

 ただ、隣に凌也さんがいてくれるなら大丈夫。自然とそう思うほど、彼に大きな信頼を寄せている。

 チラッと、隣を盗み見る。
 その気配は伝わっていたようで、ちょうど車が止まったタイミングでもあったため、凌也さんもこちらを振り向いた。

 優しく微笑まれ、ドキリと鼓動が跳ねる。ぎこちない笑みを返して、窓の外に視線を逸らせた。
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