婚約者に「いらない」と言われた私が、愛され妻を演じることになりました
「早く座りなさい」

 戸惑ってたところ、父が若干苛立ったように言う。
 三人の向かいに、ひとりで腰を下ろした。

美香子(みかこ)、これが凪だ」

 隣のふたりに、父がいつになく柔らかな声音で言う。〝これ〟となかなか辛らつな言い方をされたが、女性が咎める様子はない。

「あの女の子どもなのね」

 美香子と呼ばれた女性は、忌々しげにこぼした。

「玲奈の姉になるが――」

「姉だなんて、やめてちょうだい。あの女の子どもを家族だとは認めませんから」

 顎を上げてツンッとそっぽを向いた女性に、父はやれやれという顔をした。

 ふたりの間に座る玲奈と呼ばれた少女は、ひたすら私を不思議そうに見つめている。

 女性との会話をひとまず諦めた父が、あらためてこちらを向く。その目つきは、ふたりに向けられていたものと違ってとにかく冷たかった。

「彼女と再婚することになった」

 それは私の母親になるということだろうか。
 どう見ても仲良くしてくれるようには思えないと、女性と父の間で遠慮がちに視線を行き来させる。

「あなたの母親になるつもりはないわよ」

 厳しい口調で女性に言われて、ビクッと肩が跳ねる。

「あの女さえいなければすぐに結婚できたというように、忌々しい」

 女性の剣幕が、怖くてたまらない。

 重い空気の漂うリビングの中で、幼い玲奈だけが興味津々な様子で辺りを見回していた。

 父たちの話は、当時はよくわからなかった。とりあえず、父だけでなく美香子さんにも私は疎まれている。それだけは身にしみてわかった。

 成長するにつれて、周囲の声から自分の置かれた状況を理解するようになっていく。
 父と美香子さんは、母が生きている頃から関係していたのだという。

 生前の母はいつも笑みを浮かべており、父に歩み寄ろうとした。
 けれどなにが気に食わなかったのか、父はいつもそれを拒絶した。そんな中で出会ったのが、行きつけのお店で働いていた美香子さんだという。

 玲奈もれっきとした父の子で、ふたりはずっと父の支援を受けて暮らしていたようだ。
 父が帰ってこないのは仕事が忙しいからだと、思っていた。でも、本当は美香子さんの所にいたのだろう。
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