婚約者に「いらない」と言われた私が、愛され妻を演じることになりました
 食事会の日になり、凌也さんが買ってくれたモスグリーンのワンピースに袖を通す。

 髪は緩く巻いてハーフアップにし、メイクはナチュラルにまとめた。首もとには、凌也さんがプレゼントしてくれたシンプルなネックレスをつけている。

 おかしなところはないかと、鏡の前で何度も確認する。

「うん、大丈夫そう」

 バッグを手に、リビングへ向かう。

「お待たせしました」

 ソファーに座っていた彼は、顔を上げて笑みを深めた。

「その服もよく似合っている」

「あ、ありがとう」

「もっとよく見せてくれ」

 立ち上がり、こちらに近づいてくる。

「どう、かな?」

 一メートルほど手前で足を止めた凌也さんに、気恥ずかしさをごまかすように尋ねた。

 不意に肩に手を添えられて、ビクッと体が反応する。
 じんわりと伝わる彼の温もりは、私を無条件に安心させてくれる。けれど同時に、ドキドキして息苦しくなってくる。

 凌也さんは手にわずかに力を込めて、私をゆっくりと一回転させた。

「今日の凪は、綺麗でありながらかわいらしい。とても魅力的だ」

「りょ、凌也さん、褒めすぎです」

 耐えかねて、ようやく声をあげる。

「事実だからかまわないだろ?」

 けれどまったく悪びれることもなくそう言い放たれ、ますます恥ずかしくなった。

 お世辞だったとしても、これだけ褒められたら今日の装いに自信がないなんて絶対に言わない。
 凌也さんはようやく私を解放すると、「渡したいものがある」と離れていく。

 そうして戻ってきた彼の手に、小さな箱があった。

 もしかして……と、彼を上げる。
 私の言いたいことを察したようで、凌也さんはひとつうなずいた。

「凪、左手を出して」

 彼が箱から取り出したのは、思った通り結婚指輪だ。

 差し出された手に、自身の手をそっと重ねる。
 緊張で指先が震えてしまう。それに気づいた凌也さんは、まずは温めるように優しく握ってくれた。

 それから指輪を手に取り、私の指にゆっくりと通していく。その様子を、静かに見つめる。

 無意識のうちに呼吸を止めていたようで、通し終えたときにはほうっと息を吐き出していた。

 私の手はまだ解放してもらえず、凌也さんは自身の目の高さに持ち上げていろいろな角度から眺めている。

「凪が俺のものだという証だな」

 パッと彼の方を見上げると、ニヤリと笑った凌也さんと目が合う。

「さあ、愛しい奥さん。そろそろ出発しようか」

 そう言いながら、凌也さんは薬指に口づけた。
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