婚約者に「いらない」と言われた私が、愛され妻を演じることになりました
 運ばれて来た前菜を楽しみながら、会話は途切れない。
 私でもついていけるような話題を選んでくれる気遣いに、少しずつ肩の力が抜けていく。

「話には聞いていたんですけど、実際にお会いしてこんなかわいらしい方だとは思わなかったです」

「そ、そんなことは……」

 美人な麻子さんに、にっこりと微笑みかけられてドギマギする。それから彼女は、隣に座る一真さんと「ねえ」とうなずき合った。

「凪は家事が得意なんだ。とくに料理は絶品で――」

「りょ、凌也さん!」

 恥ずかしいからやめてと、彼の腕を軽く引っ張りながら視線で訴える。

「ん?」

 きっと、私の言いたいことをわかっているのだろう。それをとぼけた反応でやり過ごされてしまう。

「ははは」

 そんな私たちの様子に、一真さんが笑い声をあげた。

「凌也さんって、一見すごく怖そうな人に見えるでしょ?」

 彼の言葉にうなずいていいかわからず、視線を泳がす。そんな私を、麻子さんがくすくすと笑った。

「実際は、正義感が強くて情に厚い人なんです」

「一真、俺を褒めてもなにも出ないぞ」

 凌也さんの言葉を軽く受け流しながら、一真さんが続ける。

「もうずっと仕事ひと筋で、この人のプライベートはどうなってるんだと心配していたけれど」

 一真さんの隣で麻子さんがうなずく。それから、ふたりの視線はそろって私に向けられた。

「凪さんと結婚してからは、できるだけ早く帰ろうとするし。なにより、凌也さんのこんな甘い顔は初めて見た」

「愛想笑いも滅多にしないのに、社内でもたまに柔らかな表情を見せるようになったんですよ。それって、絶対に凪さんの効果だと思うんです」

「そうか?」

 凌也さんの納得していないという表情は、初めて見た。

 この時間は部下と上司ではなく、三人とも親戚の感覚でいるのだろう。ふたりの率直な物言いは聞いていて面白く、凌也さんも気分を害した様子はまったくない。

「私はとくに、なにもしていないくて……」

「そんなことはないぞ。凪がいてくれるから、殺風景だった家が心地いい空間に変わった」

 再び始まったべた褒めに、今度は麻子さんまでもおかしそうに笑う。
 食事会は終始和やかで、出かける前の緊張が嘘のようだ。

「凪さん。これからも凌也さんのことを、お願いしますね」

 別れ際に、一真さんにそんなお願いをされてしまう。

 叶うものなら、私だってそうしたい。でも私たちは本当の夫婦じゃないから、ずっと彼を支えていくとは約束できない。
 そんな悲しみが頭をよぎったが、表に出さないように精いっぱいの笑みを浮かべる。

 一緒にいる今だけは、彼のために最善を尽くしたい。そんな思いを込めてうなずくと、ふたりは柔らかく微笑み、隣にいた凌也さんは私の肩を抱き寄せた。
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