婚約者に「いらない」と言われた私が、愛され妻を演じることになりました
「近々、結婚することにした」

 凪との話がついた翌日。出社して早々に、秘書の一真に告げた。

「ついに、観念したんですか?」

 同情するような視線を送ってきたのは、彼も母親の言動を知っているからだ。そもそも親戚関係にあり、彼も母のおおよその性格や俺の結婚に関する言動も把握している。

 一真とは幼少期から顔を合わせており、いわゆる幼馴染という関係だ。職場にいるため今は畏まった口調をしているが、プライベート話になれば発言に遠慮がなくなる。

「言っておくが、昨日の見合い相手じゃないぞ」

「昨日も見合いだったんですね」

 そう言えば話していなかったかもしれない。
 彼の憐れみを隠さない視線に苛立つのは、完全に八つ当たりだ。

「まあ、そうだが。顔を出して三分で退席した」

「奥様も、なかなか懲りませんね」

「まったくだ」

 母の人間関係にひびが入るかもしれないと、最初のうちは気を使っていた。それがあの人をさらに調子づかせていたのだろう。
 そもそも向こうが勝手にやっていることだ。その結果がどうなろうと知ったことではないと、途中から気にかけるのをやめた。

「それで、お相手は? まさか、ずっと交際していた女性だなんて言いませんよね?」

「わかっているだろ」

 からかう口調でそう尋ねてきたのは、俺が仕事漬けの日々を送っていると知っているからだ。交際相手の有無など、話していなくとも把握しているのだろう。

 淡々と返した俺に、一真はわざとらしく肩をすくめた。

「見合いで訪れた料亭で、困っている女性がいた。まあ、諸々あって彼女と意気投合したんだよ」

「その〝諸々あって〟の部分こそ、詳しく話すべきだと思いますが。それにしても、まさか出会ったばかりの女性と結婚すると?」

「そうだが」

 驚愕する一真を無視して、一方的に続ける。

「実川メディカルの社長の長女、実川凪だ」

「……同業者じゃないですか」

 とはいえ、うちとは規模が違い過ぎてライバルという関係でもない。ただ、実川について気になっていることがあったのは事実。

 実川メディカルの本社は都心にあるが、あの会社がもっとも影響力を持っているのは社長の出身地である二十三区外の地域だったはず。そこでは絶大的な地位を築いているといってもいい。
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