婚約者に「いらない」と言われた私が、愛され妻を演じることになりました
 たしかに、凪を好意的に見ている。守ってやらなければいけない存在というか、彼女には優しくしてやりたいと常に思っている。

 こほんと咳払いした一真が、背筋を伸ばした。

「俺が礼を言っただけで、うれしそうな顔をするんだよ。家事は完璧で、俺に尽くそうとする気持ちがいじらしい。倹約家で、料理はプロ並みじゃないか? けなげに俺の好みを探ろうとしたり――」

「ちょっと待て。その気持ち悪い口調は、まさか俺の真似か?」

「そうですが? 誰がどう聞いても、奥様自慢のオンパレードですね」

 言われてみたらその通りだ。

 俺と凪の関係が契約結婚だと、一真には明かしていない。が、察しのいい彼のこと。純粋な恋愛感情だけで結婚したとは信じていないだろう。

 そこを言及しないのならかまわない。そう思っていたが、まさか俺の凪に対する好意を指摘されるとは想定外だ。

 凪との初対面を思い起こす。

 最初に興味を抱いたのは、婚約者に蔑ろにされているにもかかわらず、悲しみに染まらない彼女の瞳だった。ただひたすら必死ではあったが、そこに婚約者に対する恋情は皆無。

 言葉数が少なく、感情があまり表に出ない凪。だがその瞳は、彼女の気持ちを雄弁に語っていた。

 あの瞳に、心を揺さぶられた。
 見ず知らずの女性をいきなり口説いた経験など、これまで一度もない。
 だがあのとき、どうしても凪を放っておけないと焦燥感を募らせていた。

 もちろん、母を押さえておけるという打算があったことは否定しない。

 そうなのだが……と、あらためて思い返して、ひと目見たときから彼女の瞳に純粋に惹きつけられたのだと納得した。

 帰宅した俺を迎えてくれる、はにかんだ表情。料理を褒めたときに見せる、うれしそうな笑み。俺に尽くそうとするけなげさ。
 凪は決して媚びてはこない。それは必要だと高価なものを用意するようになってからも変わらない。打算も下心も、いきすぎたな欲もない。そんな彼女だから一緒にて心地いい。

 そうかと思えば、『朝食は食べないとだめですよ』などと家庭的なお小言を臆せず物申す。俺の健康を心配して言ってくるのだから、迷惑でないのは当然だ。むしろ労わってくれることが心地いい。

 強いて言えば、俺に甘えようとしないところが不満なくらいだ。

 そんな凪も、日が経つにつれて少しずつ変わってきた。俺の言動で恥じらい、焦り、喜びの反応をさらに見せるようになったのは悪くない。

「まあ、ようやく訪れた春ですから、惚気くらいは我慢しましょう。奥様のおかげで、社長が人並みに休みを取るのもいいことですし」

「……そうだな」

 冷やかし交じりの一真の言葉に素直に返したのは、自分はたしかに凪を好きだと納得したからだ。

 まだ愛しているとまではいえない。だが、それも時間の問題なのだろと予感がしている。

「あなたが素直に認めるとは、なんか気持ち悪いですね。まあ、プラスの変化なら歓迎しますよ。近いうちに、凪さんを紹介してくださいね」

「わかった」



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