婚約者に「いらない」と言われた私が、愛され妻を演じることになりました
「仕事に関する話は、とくにおかしな様子はなかったよ。ただ凪とはどういう関係かと、別れ際に聞かれたな。ほら、前に街中で出くわしただろ?」
こくこくとうなずく。
「彼女は以前、自分と婚約していたんだと俺に揺さぶりをかけてきた。マウントを取るとでもいうか。さすがに表情には出さなかったが、いろいろと見当違いな恨みつらみを抱いているのがそれだけで察せられたよ」
「大丈夫でした?」
そのときの鏑木さんの表情が、想像できてしまう。いかにも好青年そうな笑みを浮かべたまま、こちらの心を抉るようなことを平然と言ってのける人だ。
「問題ない。あの男が凪に詰め寄っていたときも思ったが、ずいぶん癖のある人物だな」
その通りだと、力強くうなずく。
「俺と凪は夫婦だと明かしたら、かなり驚いていたようだ」
凌也さんがニヤリと笑う。悪巧みするような表情も素敵で、不安な気持ちを一瞬忘れて見惚れてしまった。
初めて会ったあの日、凌也さんは鏑木さんの私に対する振る舞いを見聞きしている。彼の言動に、私に代わってずいぶんと怒ってくれた。
凌也さんはそれを〝癖のある〟とどうとでもとれる表現をしたが、よく思っていないのは当然だろう。
それに、凌也さんは弁護士の佐々木さんを通じてあちらの言い分を聞いているかもしれない。罵詈雑言とまではいかないかもしれないが、それなりに辛らつなことを言われているに違いない。
「婚約解消から結婚までが早すぎると気にしていたな。凪の不貞を疑っているのかもしれない。弁護士が対応した際に俺の名前はいっさい出していないから、そこに結びつきは見つけられていないだろうし」
自分の言動を棚に上げてと、鏑木さんの言動に顔をしかめる。
「こちらにはなんの落ち度もないから、その辺りは心配らいない。プライベートな質問が出たとこで、うちのできる秘書が時間だと切り上げてくれたよ」
もちろん、一真さんのことだろう。
「凪との関係に探りを入れてくるくらいだ。未練とは言わないが、執着しているのか」
「まさか」
恨むならともかく、あれだけいろいろな女性と逢瀬を重ねていた人が私に執着しているとは思えない。
「あの男の立場なら下手に手出しはしてこないと思うが、用心するに越したことはない」
「気に入らない私のことなんて、放っておいてくれればいいのに」
つい本音を漏らすと、凌也さんが苦笑した。
「凪がそんなふうに言えるようになったのは、大きな前進だな。よかった」
他人の愚痴をこぼすなんて、褒められたことじゃない。遅ればせながら手で口もとを覆った私を、彼はおかしそうに見ていた。
誰かに対してこんなふうに腹を立てるなんて、これまでほとんどなかった。
理不尽だと感じても、それを訴えようにも聞いてくれる人がいない。逆に口ごたえをするなんて生意気だと、手をあげられてしまう。
だから私は、いつだって口を閉じるしかなかった。
感情を押し殺してしまえば、悔しくなることもない。期待をしなければ、寂しくならない。そう息を詰めるように過ごしていた。
こくこくとうなずく。
「彼女は以前、自分と婚約していたんだと俺に揺さぶりをかけてきた。マウントを取るとでもいうか。さすがに表情には出さなかったが、いろいろと見当違いな恨みつらみを抱いているのがそれだけで察せられたよ」
「大丈夫でした?」
そのときの鏑木さんの表情が、想像できてしまう。いかにも好青年そうな笑みを浮かべたまま、こちらの心を抉るようなことを平然と言ってのける人だ。
「問題ない。あの男が凪に詰め寄っていたときも思ったが、ずいぶん癖のある人物だな」
その通りだと、力強くうなずく。
「俺と凪は夫婦だと明かしたら、かなり驚いていたようだ」
凌也さんがニヤリと笑う。悪巧みするような表情も素敵で、不安な気持ちを一瞬忘れて見惚れてしまった。
初めて会ったあの日、凌也さんは鏑木さんの私に対する振る舞いを見聞きしている。彼の言動に、私に代わってずいぶんと怒ってくれた。
凌也さんはそれを〝癖のある〟とどうとでもとれる表現をしたが、よく思っていないのは当然だろう。
それに、凌也さんは弁護士の佐々木さんを通じてあちらの言い分を聞いているかもしれない。罵詈雑言とまではいかないかもしれないが、それなりに辛らつなことを言われているに違いない。
「婚約解消から結婚までが早すぎると気にしていたな。凪の不貞を疑っているのかもしれない。弁護士が対応した際に俺の名前はいっさい出していないから、そこに結びつきは見つけられていないだろうし」
自分の言動を棚に上げてと、鏑木さんの言動に顔をしかめる。
「こちらにはなんの落ち度もないから、その辺りは心配らいない。プライベートな質問が出たとこで、うちのできる秘書が時間だと切り上げてくれたよ」
もちろん、一真さんのことだろう。
「凪との関係に探りを入れてくるくらいだ。未練とは言わないが、執着しているのか」
「まさか」
恨むならともかく、あれだけいろいろな女性と逢瀬を重ねていた人が私に執着しているとは思えない。
「あの男の立場なら下手に手出しはしてこないと思うが、用心するに越したことはない」
「気に入らない私のことなんて、放っておいてくれればいいのに」
つい本音を漏らすと、凌也さんが苦笑した。
「凪がそんなふうに言えるようになったのは、大きな前進だな。よかった」
他人の愚痴をこぼすなんて、褒められたことじゃない。遅ればせながら手で口もとを覆った私を、彼はおかしそうに見ていた。
誰かに対してこんなふうに腹を立てるなんて、これまでほとんどなかった。
理不尽だと感じても、それを訴えようにも聞いてくれる人がいない。逆に口ごたえをするなんて生意気だと、手をあげられてしまう。
だから私は、いつだって口を閉じるしかなかった。
感情を押し殺してしまえば、悔しくなることもない。期待をしなければ、寂しくならない。そう息を詰めるように過ごしていた。