婚約者に「いらない」と言われた私が、愛され妻を演じることになりました
 ここで、なにをどう話せばいいのかわからない。私の言葉で彰さんの好感度を下げるわけにはいかず、うかつに口を開けないでいた。

 きっと本条さんも、こんな私と話して気を悪くしているだろう。

 義母や義妹の玲奈なら、だんまりを決め込む私を小突くくらいはしているところ。初対面のこの男性がまさかそんなことはしないだろうけれど、呆れたたりうんざりしたりしているに違いない。

 そんな想像に徐々にうつむきがちになり、顔を上げる勇気が持てないでいた。

「悪い。君を責めるつもりはない。だが、そうか。あんなひどい扱いを受けても言い返せないほど、追い詰められていたんだな」

 思わぬ言葉をかけられて、視線だけそっと上げる。
 本条さんはわずかに眉を下げており、さっきまで厳格な様子はすっかり和らいでいる。

 まさか本気で私の心配をしてくれているのかと、困惑する。

「その様子だと、実家は味方になってくれないんだな? 鏑木も、そんなことを仄めかしていたし」

 訪ねておきながら、その口ぶりは確信しているようだ。
 どうしてそこまでわかってしまうのかと、わずかに目を見開く。

「上手く隠しているようだが、鏑木は女性関係も激しいと聞く。婚約してもそんな話が途絶えないくらいだ。君の扱いもうかがい知れるというもの」

 話を続ける本条さんから、目を逸らせなくなる。

 彰さんには、たしかにそういう一面がある。
 婚約が決まってすぐの頃に、玲奈から『女癖の悪い最悪の男よ』と散々聞かされてきた。さらに『いい気味よ』とあざ笑うほどで、彰さんの悪癖は相当なのだろうと覚悟していた。

 とはいえ、これまで彼が起こしてきたトラブルは、生前のお父様が問題になる前に握りつぶしてきたはずだ。それを知るのは当事者や弁護士くらいだと思うが、人の口に戸は立てられないのだろう。

「たしか、実川社長は前妻を亡くしてすぐに再婚していたな。ふたりいる娘のうち、実川玲奈は華やかな場に必ず顔を出しているようだが、長女はいっさい見かけない。噂では人見知りが激しいだとか、とても表に出せる人間性でないと聞くが」

 そう言って、暴くような視線を向けてくる。それに耐えかねて、つい視線を逸らした。

 派手なことが好きな玲奈は、父親の仕事関連のパーティーなんかに頻繁に顔を出しているのは知っていた。彼女は社長秘書という立場にあるのだから、おかしなことではないだろう。

 でも高価な服に身を包み足取り軽く出かけていく様は、仕事というよりも出会いを求めていたとしか見えなかった。

 私には縁のない話。興味もなかったし人付き合いが苦手だから、参加できないのはまったくかまわない。
 ただ、姿を見せないことで人間性がどうとかまで言われているとは知らなかった。

 この人もそんな目で私を見ているのだろうかと、不安が大きくなる。
< 6 / 107 >

この作品をシェア

pagetop