婚約者に「いらない」と言われた私が、愛され妻を演じることになりました
 当日になり、朝から準備に明け暮れていた。

 といっても、忙しくしているのは私だけだ。
 前日に決めた衣装は、朝になると本当にこれでいいのかと不安になる。もちろん凌也さんが用意してくれた素敵なもので、着ていくことになにも問題ないとわかっている。
 ただ自分に自信がなくて、弱気になっているから迷ってしまう。

 自室にこもって、ああでもないと次々に服を取り出す。衣装を変えるのなら、小物や靴も考え直しになる。

「どうしよう……」

「なにがだ?」

 鏡の前でうんうん悩んでいたところで、背後から突然声をかけられてビクッと肩が跳ねた。

「ノックをしたが、聞こえていなかったみたいだな」

 パッと振り返ると、入口の扉にもたれるようにして凌也さんが立っていた。

 ベッドの上には、何枚もの服が広げられている。その散らかしっぷりに、しまったと思うがもう遅い。

「服は決めておいたんじゃなかったのか?」

「そうなんですけど……」

 凌也さんが部屋に入ってくる。

「本当にこれでいいのかなって、迷いはじめてしまって」

 そう言いながら、一度は決定していたネイビーのドレスを掲げてみせた。

「いいじゃないか。凪のお淑やかな雰囲気に、よく似合っている」

「そう、かな……」

 過剰に褒められているとわかっていても、凌也さんの言葉は説得力がある。それなりに見られる姿になるんじゃないかと、途端に自信が出てくる。

「やっぱり、これにします」

 あれだけ悩んでいたのに、今はもうこのネイビーのドレスしかないように思えるから不思議だ。

 準備を終えて彼のもとへ行くと、凌也さんは笑みを深めた。

「綺麗だ、凪」

 こうして出かける準備をするたびに、彼は私をたくさん褒めてくれる。

「あ、ありがとう」

 少し気恥ずかしいけれど、その言葉があるから背筋を伸ばして前を向ける。

「ほら、行こうか」

 タクシーに乗り込み、会場であるホテルに向かう。車内で、凌也さんが今夜の予定を説明してくれた。

「必要な人物に挨拶をして回ることになる。今回は凪の紹介も兼ねているから、少し時間がかかりそうだな」

「わかりました」

 愛想よくしていないといけない。そう思うほど、なんだか表情が強張ってしまう。脚の上で組んでいた手に、知らず力がこもる。

「凪」

 不意に呼ばれて、隣を見る。
 同時に、組んだ手は彼の両手に包み込まれていた。

 途端に胸が高鳴り、緊張を忘れてしまう。

「俺が常に隣にいるから、心配はいらない」

 その温もりが、私を安堵させてくれる。

「は、はい」

 私に向けられた熱い視線に、勇気づける以外の理由を探したくなる。もしかして、恋愛的な好意が込められているんじゃないかと。

 そんなはずはないけれど、今夜は勘違いしたままの方がいいのかもしれない。私たちは良好な関係の夫婦だと、広める必要があるから。
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