婚約者に「いらない」と言われた私が、愛され妻を演じることになりました
 会場であるホテルに到着し、差し出された凌也さんの手を取ってタクシーを降りる。
 あまりにも煌びやかで思わず尻込みしそうになった私を後押しするように、凌也さんが重ねた手をギュッと握ってくれた。

 それから、彼の腕に手を添え直す。

 会場に近づくにつれて、パーティー用の華やかな服装の人とすれ違う。
 同伴する女性は、本当に綺麗な人ばかりだ。こういう場に慣れているのか、堂々とした姿は自身に満ち溢れている。

 それに比べて私は……と、弱気な自分が顔を出す。

「凪」

 足を止めて身を屈めた凌也さんが、私の耳もとに顔を近づけてきた。
 周囲にまったく人がいないわけじゃないのに、凌也さんは少しも気にしていない。

「俺は君のような素敵な女性の隣を歩けて、誇らしく思っている」

 じわじわと頬が熱くなってくる。

「も、もう、からかいすぎです」

「からかってなんかいない。ほら、凪。俺の妻はこんなに素敵な女性だと、周囲に自慢させてくれ」

 下を向くなと、私を励ましてくれる。恥ずかしくはあるけれど、その優しい言葉選びにくすぐったくもなる。
 凌也さんの足を引っぱるわけにはいかない。練習してきた成果を発揮するときだと、気を引き締め直した。

「もう大丈夫です」

 前を向いた私に、彼はひとつうなずいた。

 場内にはすでに人が集まり始めており、なかなか賑わっていた。出席者の年代はまちまちのようだ。主要な人物については、凌也さんがどこの誰かを耳打ちしてくれる。

「本条社長じゃないか」

「ああ、遠藤(えんどう)さん。ご無沙汰しています」

「そちらが、噂の?」

 噂ってなんだろうと、凌也さんを見上げる。

「ええ。妻の凪です。凪、こちらは遠藤総合病院の院長先生だ」

「は、初めまして。妻の凪です。どうぞよろしくお願いします」

「ええ、ええ。こちらこそよろしくお願いします。それにしても、ついに本条さんも結婚ですか。お相手がいないのなら、うちの娘でも紹介させてもらおうかと思っていたが。いやあ、こんな素敵な女性がいたとは。いらぬお節介をするところでしたな」

 豪快に笑う遠藤さんに、どう反応を返せばいいのかわからない。けれど戸惑っている間に、彼は「それでは」と去っていった。
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