婚約者に「いらない」と言われた私が、愛され妻を演じることになりました
「おいおい。堂々と見せつけて」

 不意に聞こえた冷やかす声にハッとする。

「お前か」

 遠藤さんに対するときと違い、凌也さんは無遠慮な調子でそう言ってあからさまなため息をついた。

 そんな彼の反応に、近づいてきた男性に気を悪くした様子はない。

 凌也さんと同じくらいの年齢だろうか。彼と系統が真逆だけれど、この人もずいぶん整った温和な顔立ちをしている。

「まずは、結婚おめでとう」

 気の置けない仲なのか、そう言いながら凌也さんの肩をポンッと叩いた。それから、興味津々と言った視線を私に向ける。

「ああ、ありがとう。妻の凪だ。凪、こいつは(さかき)だ。学生の頃からの付き合いで、今は製薬会社の役員をしている」

 頭の中に、〝榊〟の名のつく大手製薬会社が浮かぶ。
 まさかと思いながら凌也さんと視線を合わせると、まるでそうだというようにうなずき返された。

「初めまして。凪と申します」

「初めまして、榊です。こいつとは長い付き合いだけど……うん。凌也の好きそうなタイプだな」

 榊さんが再び凌也さんの肩を叩く。

「なに言ってんだか」

 凌也さんは呆れたように返しているが、私はそれどころじゃない。
 好きそうなタイプって、なに?
 榊さんのはきっと、お世辞というか、冷やかしでそう言っているのだろう。
 だから勘違いしてはダメだ。

 笑みを浮かべる裏で、そんなことをぐるぐると考えてしまう。
 その間、ふたりは気安い話題で会話を続けていた。たまに話を振られて返していたけれど、私の反応は大丈夫だっただろうか。

「それじゃあ、また飲みに誘うよ」

「ああ」

 榊さんは、私にも向けてひらひらと軽く手を振りながら去っていった。

「騒がしいやつで、すまない。付き合いが長くて、遠慮のかけらもない。気を悪くしなかったか?」

「ぜんぜん。凌也さんのお知り合いに紹介してもらえて、うれしかったです」

 ついそんな本音が漏らした私に、「よかった」と凌也さんは安堵する。

 友人に対する凌也さんの反応は、いつもと違っていて新鮮だった。榊さんはからかい交じりに凌也さんをいじっていたけれど、そこには少しの嫌味もない。

 淡々と返していた凌也さんも、その口角はわずかに上がっていた。仕事の関係者というよりも、さっきの雰囲気は友人のようだった。
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